*アッラーフ*
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| *きょうぎとしんこう* |
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*アッラーフ* ? *イスラーム* |
| *しどうしゃ* |
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*ムハンマド* |
| *ほうときはん* |
| *れきしてきてんかいとちょうりゅう* |
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*ウンマ* ? *ハワーリジュは* |
| *じゅうじつしているこうもく* |
| *さらにくわしくしる* |
*アッラーフ**(?????**Allāh**)は、**アラビアご**で**アブラハムのしゅうきょう**(**ユダヤきょう**・**キリストきょう**・**イスラームきょう**)の**ゆいいつしん**にたいするこしょうのひとつ。にっぽんでは**アッラー**または**アラー**ともひょうきされる。*
*イスラームいぜんの**アラビアはんとう**においてはおおくのかみ々がしんこうされており、がんらいアッラーはそのしこうしんのこしょうにすぎなかった。**ムハンマド**ごのイスラームにおいてはばんぶつをそうぞうし、かつほろぼすことのできるぞうぶつしゅこそがゆいいつのかみとされ、そのちょうえつせいがきょうちょうされる。イスラームのせいてん**クルアーン**(コーラン)にはアッラーフの**ぜったい**せいと**ぜんちぜんのう**せいがしるされている。*
*もくじ* |
[*へんしゅう*] *イスラームきょうにおけるアッラーフ*
*アッラーフがクルアーンをさづけたとされる**ムハンマド**は、アッラーフよりはけんされた**しと**であり、さいごの**よげんしゃ**とされる。これはあくまでもアッラーフから**ひぞうぶつ**である**じんるい**のためにじんるいのなかからえらばれてはけんされたそんざいにすぎないとされている。また、そもそもアッラーフじたいが「うみもせず、うまれもしない」ぜったいこゆうのそんざいであるため、キリストきょうしんがくのイエス・キリストぞうのようにムハンマドにたいして「アッラーフのこ」とみなすようなしんこうてき・しんがくてきいちづけもされていない。*
*イスラームきょう**ではアッラーフは、うみもうまれもしないそんざいとされ、おやもこどももいない*[1]*。また、ぜんちぜんのうでゆいいつぜったいであり、すべてのちょうえつしゃである。そして、**めなくしてみ、みみなくしてきき、くちなくしてかたる**とされ、**すがたがたをもたない、いしのみのそんざい**であるため、かいがやちょうぞうにあらわすことはできない。イスラームきょうがイメージをもちいたれいはいを、「**ぐうぞうすうはい**」としてかんぜんひていしているのも、このためである。*
*イスラームのおしえはせんこうする**ユダヤきょう**・**キリストきょう**をかくしょうするものであるため、アッラーフはユダヤきょう・キリストきょうのかみ(**ヤハウェ**)とどういつである、とされる*[2]*。したがってアッラーフはせかいをろくにちかんで**そうぞう**したそうぞうしんであるとどうじに、さいごのひにはぜんじんるいをふっかつさせ**しんぱん**をおこなう、**しゅうまつ**をつかさどるかみでもある。*
*ただし、いっさいをちょうえつしたぜんのうのかみ・アッラーフがきゅうそくなどするはずがない*[3]*、というかんてんから、そうぞうのろくにちかんののちにかみがきゅうそくについたことをひていするなどちがいはある。これはイスラームがユダヤきょうやキリストキョウをおなじ「**けいてん**のしゅうきょう」としてそんちょうしながらも、それらのおしえにじんいてきかいへんあり、とみなしてきたことのけんちょなれいでもある。*
[*へんしゅう*] *アラビアごならびにたしゅうきょうにおけるアッラーフ*
*アラビアごにおいては、アッラーフは**アブラハムのいっしんきょう**といわれる**ユダヤきょう**、**キリストきょう**、イスラームきょうのきょうつうの**ゆいいつぜったいかみ**をさす。ちなみに**アラブ**ちいきの**せいしょ**ではヤハウェを**アッラーフ**とひょうきしている。たとえば、とうほう**せいきょうかい**の**アンティオキアそうしゅきょうちょう**、ひがしシリアきょうかい(**ネストリウスは**)、**にしシリアきょうかい*(*たんせいろん**)などでは、そうぞうぬしを「アッラーフ」とやくしている。しかしながら**マレーシア**ではイスラムきょうといがいがもちいることがせいげんされており、どうこくでカトリックけいしんぶん『ヘラルド』がけいさいしたさいには、せいふからしようきんしがめいじられた。*
*ジャーヒリーヤ**とよばれたこだいアラブの**たしんきょう**においては、「アッラーフ」はかみ々のうちのいちはしらとしてしんこうされていた。イスラームはっしょうとうじのアラビアにいたユダヤきょうと・キリストキョウトもせいしょのかみをさして「アッラーフ」とよんでいた*[4]*。イスラームとうじょうごのアラビアにおいては「**ゆいいつのすうはいのたいしょう**」をいみすることばとなった。*
*ただし、こうこがくてきけんちでは、ヤハウェとイスラームきょうのゆいいつしんアッラーフはべつのきげんであり、イスラームきょうのゆいいつしんアッラーフは、630ねんいぜんは、カアバしんでんにさいしされていたさいこうしんである。イスラームきょうでいう「ジャーヒリーヤ(むみょう)じだい」(アニミズムじだい)に、カアバしんでんにさいしされていた360のかみ々のさいこうしんがアッラーフとされていた。アッラーフのしたには、**アッラート**、**マナート**、**アル・ウッザー**の3めがみがつきしたがっていたという。これらのめがみはアラブのぶぞくしんでありひろくしんこうされていた。つきからの隕石とされていた。この**こくようせき**が、アッラーフのしんたいとされたのである。もちろん、ぐうぞうすうはいをきんじるイスラームきょうでは、しんこうおよびすうはいのたいしょうになっていないが、ゆいいつのれいがいとして、**ハッジ**(メッカへのじゅんれい)においてこのいしにふれることができればたいへんなこううんがもたらされるとされている。ちなみにげんざいは、**カアバ**しんでんのとうなんかくにていちょうにはめこまれている。*
[*へんしゅう*] *ごげん*
*「アッラーフ」のごげんについてはふたつのせつがゆうりょくである。りょうせつとも、**えいご**のTheGod(またはGod)、**フランスゴ**のLeDieu(またはDieu)にそうとうするふつうめいしがとくしゅかしこゆうめいしかした、というせつである。*
- *「あがめられるもの」をいみする**ふつうめいし**の「イラーフ(??? ilāh)」に**ていかんし**「**アル(?? al)**」をつけた「アル・イラーフ(?????)」がたんしゅくされたものである、というせつ。19せいきまつにドイツの**せいしょがく**もの**ユリウス・ヴェルハウゼン**(*Julius Wellhausen*)がとなえた。このせつは**ムスリム**(イスラームきょうと)にうけがよく*[*ようしゅってん*]*、きょうしばしばみききするかいしゃくである。また、「イラーフ(??? ilāh)」のつづりは**せいもんへいさおん**である「*?*(ハムザ)」をうたないばあい、アラビアごのごほうではていかんし「アル(?? al)」がつくとごとうの「ア(a)」のおとかをもつ「?」はけつじょすることとなる(これをハムザトゥ・ル・ワスルとよぶ)。このけっかが「アッラーフ(????Allâh)」であるともかんがえられる。*
- *シリアご**(**アラムご**のほうげん)でかみをあらわす「アラーハー(alāhā)」がなまったもの、というせつ。ひムスリムけいがくしゃにしじされているせつである*[*ようしゅってん*]*。また、こうこがくてきにもこのせつがしじされている*[*ようしゅってん*]*。また、**アラムご**とどうけいとされる**ヘブライご**でかみをしめすエロアーハー(Eloah:????)もどうごげんとかんがえられる。*
[*へんしゅう*] *さんしょう*
- ^*クルアーンだい112しょう1-4せつ*
- ^*クルアーンだい4しょう163-164せつ、クルアーンだい46しょう12せつ*
- ^*クルアーンだい2しょう255せつ*
- ^*いづつとしひこ『イスラームせいたん』ちゅうおうこうろんしゃ〈ちゅうこうぶんこ〉、1990ねん、208ぺーじ*
[*へんしゅう*] *かんれんこうもく*
| *この「**アッラーフ**」は、**イスラーム**にかんれんした**かきかけこうもく**です。* *きじをかひつ・ていせい**してくださる**きょうりょくしゃをもとめています**。* *(**ウィキポータルイスラーム*/*ウィキプロジェクトイスラーム**)* |

