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*イギリスていこく*

*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*

*1921ねん**とうじのイギリスていこく。ウェストミンスターけんしょうの10ねんまえにあたる*

*イギリスていこく**(イギリスていこく、theBritishEmpire)は**イギリス**とその**しょくみんち**・**かいがいりょうど**などのそうしょうである。**だいえいていこく**ともいう。*

*ていこくはじだいごとのせいしつにより、いかのようにくぶんできる。*

  1. *アイルランド**や**きたアメリカタイリク**ににゅうしょくし、ほくべいしょくみんちおよび**カリブカイ**しょくみんちとのぼうえきをちゅうしんにしたじだい*
  2. *アメリカ**どくりつから**アジア**にてんじてさいせいきをきずいた19せいきちゅうようまでのじゆうぼうえきじだい*
  3. *じゆうぼうえき**をいじしつつも**ドイツ**などこうはつこうぎょうこくのおいあげをうけしょくみんちかくだいをおこなったていこくしゅぎじだい*
  4. *20せいきにはいってかくしょくみんちがどくじのがいこうけんげんをえた**ウェストミンスターけんしょう**いごのじだい*

*である。いっぱんにだいえいていこくとよばれるのは、とくに3と4のじだいである(めいしょうについてはこうだんの**めいしょう**をさんしょうのこと)。*

*もくじ*

[*へんしゅう*] *がいよう*

*"empire"あるいは"imperial"ということばはさらにふるくからつかわれてきたが、いっぱんにイギリスていこくというばあい、はじまりは**16せいき**あるいは**17せいき**とされる。そのせいひはとわないこととしても、かいがいへのかくちょうというじじつのみにちゃくもくすると、**1585ねん**の**ロアノークとう**へのしょくみんが、また、じっさいにせいこうし、こうせいへのれんぞくせいをもつというてんからすると**1607ねん**の**ジェームズタウン**けんせつが、それぞれイギリスていこくのかいしてんとなる。ただ、いずれにせよイギリスていこくがていこくとしてのじったいをそなえるにはほくべいしょくみんちとカリブカイしょくみんちのせつりつがいちだんらくする17せいきなかばをまたねばならず、イギリスていこくが「イングランドのていこく」でなくなるには1707ねんのごうどうをまたねばならない。*

*17せいきから**18せいき**にかけてのていこくは**イギリスだいいちていこく**あるいは**きゅうていこく**ともよばれ、**19せいき**いこうのていこく、とくに19せいきちゅうよういこうにかんせいする**イギリスだいにていこく**とくらべると、アメリカおよびカリブカイしょくみんちちゅうしん、**じゅうしょうしゅぎ**せいさくによるほごぼうえき、および**プロテスタンティズム**によるちゅうたいの3てんをとくちょうとしている。**こうかいほう**やとっきょかいしゃのどくせんなど、じゅうしょうしゅぎてきせいさくによるほごぼうえきは、いまだぜいじゃくなイギリスけいざいとしょくみんちけいざいをよくまもり、そしてむすびつけた。また、**めいよかくめい**いこうのイギリスはこくないがいの**カトリック**せいりょくをせんざいてきとみなしており、とうじのていこくは**フランス**、**スペイン**といったカトリックのたいこくをむこうにまわした「プロテスタントのていこく」とかんがえられていた。*

*そのご、**アメリカどくりつせんそう**をへてイギリスていこくは**インド**へとじゅうしんをうつしはじめる。また1760ねんだいよりしんこうした**さんぎょうかくめい**により、イギリスけいざいはしだいにほごをひつようとしなくなり、じゆうぼうえきへとほうこうてんかんしていった。19せいきぜんはんのイギリスていこくはじゆうぼうえきさえほしょうされれば、しょくみんちかくとくをかならずしもひつようとはせず、けいざいてきじゅうぞくかにおくもののかならずしもせいじてきしはいをおこなわない**ひこうしきていこく**をかくだいしていった。このじきのイギリスていこくのほうしんは**じゆうぼうえきていこくしゅぎ**とよばれる。*

*19せいきなかばになるとドイツ、アメリカといったこうはつこうぎょうこくのけいざいてきおいあげをうけ、またフランスや**ドイツ**のせいりょくしんちょうもあり、イギリスはさいど、しょくみんちかくとくをともなうこうしきていこくのかくだいをほんかくかした。**インドていこく**のせいりつをもってかんせいするしんていこくはイギリスだいにていこくともよばれる。**ていこくしゅぎ**のじだいともいわれるこのじきではあるが、イギリスはじゆうぼうえきのほうしんをけんじしていた。ドイツなどのほごかんぜいせいさくにたいし、イギリスにもどうようのせいさくがもとめられなかったわけではない。19せいきまつから**20せいき**しょとうにかけて、イギリスていこくないでのとっけいてき**かんぜい**のどうにゅうをもとめるうんどうがイギリスさんぎょうかいからおこされ、1887ねんにはじまるしょくみんちだいひょうをあつめたていこくかいぎでもたびたびぎだいにあがったが、けっきょく、このたねのほごせいさくは**だいにじせかいたいせん**まえの**ブロックけいざい**のじきまでどうにゅうされることはなかった。*

*だいいちじせかいたいせん**はイギリスていこくさいさいへんのてんきとなった。だいせんぜんより、かくしょくみんち、とくに**はくじん**じちしょくみんち**のけいざいりょくはこうじょうし、はつげんけんもましていたが、たいせんちゅうの**そうりきせん**たいせいはしょくみんちからのいっそうのきょうりょくをひつようとするとともに、そのえいきょうりょくをよりおおきなものとした。**1926ねん**の**ていこくかいぎ**ではじちしょくみんちにほんごくとたいとうのちいがみとめられ、1931ねんのウェストミンスターけんしょうにもりこまれた。これいこう、イギリスていこくは「**イギリスれんぽう**」のなでよばれることがおおくなるが、「ていこくかいぎ」のめいしょうはそのままであった。そのご、このめいしょうはだいにじせかいたいせんごまでつづき、1947ねんに「イギリスれんぽうかいぎ」へとへんこうされる。また、インドどくりつをきに、イギリスれんぽうかめいこっかに「おうかんへのちゅうせい」がようきゅうされなくなるなど、だいにじたいせんごまもなく、イギリスていこくはめいじつともにイギリスれんぽうへとすがたをかえた。*

[*へんしゅう*] *めいしょう*

*にっぽんではながらく「だいえいていこく」のかたりがつかわれてきたが、げんざい、**れきしがく**でおおくもちいられるのは「イギリスていこく」というひょうげんである。たにも、「イギリス」というあいまいなひょうげんをさけ、よりげんごにちゅうじつな「ブリテンていこく」もつかわれはじめている。またたんに「ていこく」ともよばれるばあいもある。「だいえいていこく」というかたりもしょせきのひょうだいなどではじゅうらいとかわらずにつかわれるが、ほんぶんちゅうではきほんてきにつねに鉤かっこをつけて「だいえいていこく」とひょうきされる*[1]*。*

*がくもんいがいのりょういきではひょうだいにかぎらず、とくにイギリスていこくぜんせいきいこうをさして「だいえいていこく」がいっぱんてきにつかわれている。また「だいえいていこく」からはせいして"british"のわけとして「だいえい」のかたりがしばしばもちいられている。もっともゆうめいなれいでは"theBritishMuseum"にたいおうする「**だいえいはくぶつかん**」、およびどうはくぶつかんとしょしつがどくりつしせいりつした"theBritishLibrary"をさす「**だいえいとしょかん**」があげられる。いっぽうで"theBritishCouncil"は「ブリティッシュ・カウンシル」とよばれ、"BritishCommonwealth"はがくもん・ひがくもんりょういきをとわず「**イギリスれんぽう**」「えいれんぽう」とよばれており、"british"にたいおうするやくごはかならずしもこていされていない。*

*"BritishEmpire"のやくごとして「だいえいていこく」がつかわれはじめたこまかいけいいははっきりしていない。おおまかなけいいとしては、GreatBritain(だいブリテン)を「だいえい」とやくしたものであるとかんがえられるが、GreatBritainのGreatはもともとはしまのなまえであり、これはべつめいしょうブリテンの**ブルターニュ**(**フランス**)とくべつしてのことである。これがてんじてだいえいていこくとよばれるようになったのはれきしいしきがはいけいにあるとのしてき*[1]*があり、これによれば"GreatBritain"と"BritishEmpire"がけつごうしたはいけいには**ぶんめいかいか**きから**にちえいどうめい**ていけつじにかけての、せいよう、とくにイギリスをぶんめいのちゅうしんとかんがえるみかたがあるという。またそれにくわえ、「だいえいていこく」と「だいにっぽんていこく」というにちえいどうめいをなかだちとしてたいひされるこうずも「だいえいていこく」というかたりがていちゃくしたはいけいとしてむしできない*[2]*。*

[*へんしゅう*] *かてい*

*1897ねんのていこくしょくみんち・じちりょう。このほかにもブラジルなどにひこうしきていこくがある。だいふきょうをへた19せいきまつは、しょくみんちをじちにゆだねるしょうえいこくしゅぎから、しょくみんちのちょくせつしはいへろせんてんかんしはじめたじきでもある*
この節は執筆の途中です *このふしは**しっぴつちゅう**です。**かひつ、ていせい**してくださる**きょうりょくしゃをもとめています**。*

[*へんしゅう*] *しょくみんちいぜん・「ていこく」のでんとう*

*イングランド**おうけんがていこくをなのりはじめるのは、しょくみんちかくとくよりもおおきくさかのぼる。「ていこく」(インペリウム)のもともとのいみは、きょうこうなどのおうこくがいけんりょくからどくりつしていること、ならびにふくすうのくに・せいりょくをしはいかにおさめていることである。イングランドにとってのインペリウムにあたるのは、**スコットランド**のへいどんとしゅうきょうかいかくである。**ななおうこく**じだい、アングロサクソンのゆうりょくなおうたちは、たぶぞくをしはいするうえで「アングルじんのていこく」をなのり、ときおりみずからをこうていをしょうした*[3]*。**ヘンリー8せい**じだい、「イングランドはていこくである」と1533ねんにせんげんした(じょうこくきんしほう)のは、きょうこうのけんりょくをイングランドからのぞくことをもくてきにしていた。こうしたインペリウムは、ヨーロッパかくちできょうこうからどくりつせんとするために、またはきんりんせいりょくをせいふくするためのたいぎめいぶんとしてきのうした。スコットランドをへいごうして「グレイト・ブリテンのていこく」をきずこうというしゅちょうはでんとうてきにイングランドのなかでそんざいしていた。*

[*へんしゅう*] *ほくべい・カリブカイしょくみんちしんしゅつき*

*17せいき**までのイングランドたいがいしんしゅつは、アメリカしょくみんちけんせつとインドをおもとしたアジアでのしょうぎょうかつどうがおこなわれた。このじきの**じゅうしょうしゅぎ**せいさくでは、おうがせつりつきょかをだしたかいしゃがしゅやくだった。インドでは**イギリスひがしインドかいしゃ**、アメリカでは**ハドソンわんかいしゃ**、アフリカの**おうりつアフリカかいしゃ**などである。これらとっきょかいしゃとよばれるそしきがぼうえきをどくせんした。*

*アメリカタイリクしょくみんちのはじまりは**1585ねん*[4]*または**1607ねん*[5]*である。**17せいき**にはいると**ピルグリム・ファーザーズ**とよばれるいみん、およびひんこん・はんざいをりゆうにおくりこまれたものたちによりしょくみんちはひろがりをみせた。ぜんしゃは**こっきょうかい**のしんこうたいせいにふまんをもったきゅうしんプロテスタント──いわゆるピューリタン──がしんこうのじゆうをもとめてしんたいりくにいみんしたものたちである*[6]*。おおまかにいってほくぶ(**マサチューセッツ**・**コネティカット**など)にプロテスタント、なんぶ(**メリーランド**など)はこっきょうかい・カトリックにいろわけされる。こうしゃはよりかずがおおく、ねんきけいやくほうこうにんとしてしんたいりくにおくりこまれた*[7]*。ねんきけいやくほうこうにんたちはとうしょ、なんぶしょくみんちのたばこプランテーションや、カリブカイしょくみんちのさとうプランテーションでろうどうりょくとしてもちいられたが、**ベイコンのはんらん**などによりこくじんどれいへのてんかんがおこなわれることとなった。そのご**えいらんせんそう**・**ななねんせんそう**をへてアメリカしょくみんちはさらにかくだいすることとなる。*

*アジアほうめんへも**1612ねん**スラトをかわきりに、**コルカタ**・**チェンナイ**(マドラス)などにしょうかんをけんせつした。ヒガシアジア・トウナンアジアではオランダがユウセイで、イングランドはそうそうにインドにしゅうちゅうした。*

*カリブカイしょくみんちではこくじんどれいがじんこうのたすうをしめた。これはおおくがプランテーションようろうどうりょくとしてつれてこられたためで、カリブカイしょくみんちどうよう、こくじんどれいをプランテーションでしようしていたアメリカなんぶしょくみんちとひかくしてもはくじんじんこうはさらにすくなかった。アメリカしょくみんちのどくりつにさいし、カリブカイしょくみんちがどうようのろせんをとらず、イギリスていこくにとまったことも、これにかんけいしている。カリブカイしょくみんちはちあんいじとどれいのはんらんぼうしにイギリスていこくのぐんじりょくをひつようとしており、ていこくのほごかをハナレルことはふかのうであった。また、このじきのカリブカイしょくみんちはさとうをちゅうしんとしたほごぼうえきによるほうふなしきんをはいけいに、ほんごくぎかいにいっていのせいりょくをたもっていた。このてんでも「だいひょうなくしてかぜいなし」ととなえたアメリカしょくみんちとはやはりじじょうがことなっていた。*

*とはいうもののアメリカしょくみんちへのかぜいがきょうかされるのは、ななねんせんそう(**1756ねん**?)いごのことであり、にゅうしょくいらいななねんせんそうにいたるまでは「ゆうえきなるたいまん」とよばれるほうにんせいさくをきほんほうしんとしていた。ななねんせんそうにかぎらず、フランスとのながきにわたるしょくみんちせんそうのま、イギリスほんごくは**ざいせいぐんじこっか**とよばれるほどのちょうじゅうぜいさくをとっており、ぜいふたんはフランスの2ばいにたっした*[8]*。しょくみんちにたいするかぜいもけいかくされ、りっぽうまではされたが、フランスとのせんそうにしょくみんちからのきょうりょくがひつようだったこともあり、じっしまではされなかったものがおおい。*

[*へんしゅう*] *アジアしんしゅつき*

[*へんしゅう*] *ていこくしゅぎき*

[*へんしゅう*] *ウェストミンスターけんしょういこう・すいたいき*

[*へんしゅう*] *かんれんこうもく*

[*へんしゅう*] *がいぶリンク*

[*へんしゅう*] *きゃくちゅう*

[*ヘルプ*]
  1. ^ a b*Britishのやくごにない「だい」のじをなぜつけるのかというもんだいいしきがきんねんたいとうしてきている。こんどうかずひこ「れきしりろん(2005ねんのかいことてんぼう)」p8.たとえば『だいえいていこくのでんせつ』(ほうせいだいがくしゅっぱんきょく)のげんしょタイトルはMythandNationalIdentityinNineteenth-CenturyBritainである。ちょくやくすれば「19せいきブリテンのこくみんいしきとでんせつ」で、だいえいのもじはない。*
  2. ^*こんどうかずひこ『ぶんめいのひょうしょう えいこく』やまかわしゅっぱんしゃ、1998、p.5-20*
  3. ^*10せいきの**アゼルスタン**はそのひとりである。デイヴィッド・アーミテイジ『ていこくのたんじょう』p39.*
  4. ^ *1585ねん**は**サー・ウォルター・ローリー**が、げんざいの**ノースカロライナしゅう**えんがんのしまロアノークにしょくみんちをけんせつしたとしである。そのもくてきはこうえきかくだいやろうどうしゃのいじゅうだけでなく、キリストきょうふきょうによって「やばんじん」を「ぶんめいか」することにもあった。もっともローリーのいちだんはしょくみんにしっぱいし、**1590ねん**にはしょくみんちがあとかたもなくきえうせていた。アーミテイジ、pp.101-104.*
  5. ^*えいぞくてききょじゅうにせいこうしたさいしょのれいで、**ヴァージニアしゅう**の**ジェームズタウン**しょくみんちのけんせつのとしである。いまい、p130.*
  6. ^*とうじのイングランドは、こっきょうかいしんと、こっきょうかいのなかでかいかくをすすめようとするもの、こっきょうかいをみかぎったものなど、プロテスタントといってもそのありようはせんさばんべつであった。とうじのしんこうじじょうについては、たとえば、いまぜきつねお『バクスターとピューリタニズム』pp.9-26さんしょう。*
  7. ^*かわきたみのる・きはたよういちへん『イギリスのれきしていこく=コモンウェルスのあゆみ』ゆうひかくアルマ、2000、p.78*
  8. ^*めいよかくめいいこう、せんぴちょうたつとこくさいしょうかんのためにしょうひぜいなどがどうにゅうされ、イギリスはヨーロッパゆうすうのじゅうぜいこくとなっていた。ブリュア、p101.*

[*へんしゅう*] *てんきょ*

  • *デイヴィッド・アーミテイジちょ/ひらたまさひろ・いわいあつし・おおにしはるき・いふじさおりやく『ていこくのたんじょう──ブリテンていこくのイデオロギーてききげん』にっぽんけいざいひょうろんしゃ、2005ねん。*ISBN 4818817635
  • *ジョン・ブリュアちょ/おおくぼけいこやく『ざいせい=ぐんじこっかのしょうげき──せんそう・カネ・イギリスこっか1688-1783』なごやだいがくしゅっぱんかい、2003ねん。*ISBN 4815804656
  • *いまいひろしへん『せかいれきしたいけいイギリスし2』やまかわしゅっぱんしゃ、1990ねん。*ISBN 4634460203
  • *いまぜきつねお『バクスターとピューリタニズム』ミネルヴァショボウ、2006ねん。*ISBN 4623046532
  • *こんどうかずひこ「れきしりろん」『しがくざっし』だい115へんだい5ごう(2005ねんのかいことてんぼう)、pp.6-10、しがくかい、2006ねん。*