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*イコン*

*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*

*「**ウラジーミルのうるかみおんな**」。**1131ねん**に**コンスタンティノープル**から**キエフ**におくられた。**1155ねん**に**ウラジーミル**にうつされ、**ヴァシーリー1せい**により**1395ねん**には**モスクワ**にうつされた。**ロシアせいきょうかい**でもっともゆうめいな**うるかみおんな**のイコンのひとつであり、せかいじゅうのせいきょうかいでもしゃされつづけている。(*Theotokos of Vladimir)

*イコン**(**ギリシアご*: *いぷしろんいおたかっぱώにゅー**、**ドイツご*: Ikon*、**えいご*: icon*)とは、**キリストきょう**において**かみ**や**てんし**や**せいじん**をきねんししょうちょうとしてもられたえやぞうで、けいはい(すうけい)(**προσκύνησις**)のたいしょうとされるもの。かたちをいみする"**いぷしろんいおたかっぱόにゅーあるふァ**"(イコナ*[1]*)にゆらいする。*

"*いぷしろんいおたかっぱώにゅー**"をイコンとよむのはちゅうせいからげんだいまでのギリシャごによる。こてん**ギリシャご**さいけんおん**ではエイコーン。ちなみに、えいごの"icon"(**アイコン**)は、ギリシャごのイコンにゆらいする。きょうかいでは**ひじりぞう**ともよぶ。*

*とくに**とうほうきょうかい**ではへいめんのいたにえがかれたものやうきぼりのものをもちいるが、りつぞうはもちいられないわけではない(ただしきわめてまれ)。*

*もくじ*

[*へんしゅう*] *けいぞうきょひ*

*きゅうやくせいしょ**ではかみをびょうしゃすることがきんしされた。これをけいぞうきょひといい、このため**ユダヤきょう**ではかみをえにえがいたりちょうぞうにつくることをきらった。**イスラムキョウ**もまたおなじこんきょでしゅうきょうびじゅつにぐたいてきけいぞうをもちこむことをさけた。しかしユダヤきょうにおけるけいぞうきょひはイスラムキョウほどにはつよくなく、**ケルビム**やじゅうにたいのうしのぞうなどが、**ソロモンおう**のこんりゅうしたしんでんにあんちされたとするきじゅつが、バビロンとしゅういごせいりつした**れつおうき**まえがきなどにのこされている。*

[*へんしゅう*] *しょうちょうモチーフ*

*しょきキリストキョウでは**イエス・キリスト**や**しと**たちのじんぶつぞうをちょくせつえがくことはおこなわれず、ユダヤきょうびじゅつやこだいローマびじゅつにきょうつうするしょくぶつモティーフ、しょくだいなどのユダヤきょうゆらいのモティーフ、イエス・キリストとしょうちょうてきにむすびつけられたひつじ・ぶどう・**XPのくみあわせもじ**などがもっぱらもちいられた。しかしキリストキョウしんこうがかいきんされ、**きょうかい**がおおやけのしせつとしてたてられるようになると、そのないぶそうしょくのためのしゅうきょうびじゅつはいちじるしいはってんをみせる。*

*ここでもんだいとなるのは、イエスがかみのこであるとどうじにかみそのものであるというきょうせつである。4せいきにはイエスがかみであるというきょうせつがせいとうきょうぎとしてかくりつする(**グノーシスしゅぎ**ではこれをみとめないため、いたんとされた)が、かみであるイエスをえやぞうにえがくことがきょうぎじょうゆるされるかどうかというぎろんをよびおこした。*

[*へんしゅう*] *イコンすうけいのぜんちおおやけかいぎによるこうにん*

*730ねん**には**ひがしローマテイコク**の**こうてい**レオーン3せい**が**イスラムキョウ**のえいきょうをうけて、イコンすうけいをきんじるみことのりれいをはっした(**ひじりぞうはかいうんどう**)。しかし、**787ねん**にだいなな**ぜんちこうかい**・**だい2かいニカイアおおやけかいぎ**によって、イコンすうけいはきょうぎじょうみとめられた。ぜんちこうかいでは、イコン(**いぷしろんいおたかっぱώにゅー**)のすうけい(**προσκύνησις**)を、もぞうをとおしてはらぞうを(**でるたいおたάたうおめがにゅーχαρακτήρωνたうάπρωτότυπα**)れいはいする(**λατρείあるふァ**)とていぎしている。*

*せいきょうかい**では**だいとき**だいいち**おもび**をイコンすうけいのにんちをきおくし、**せいきょうしょうりのおもび**とよぶ。*

[*へんしゅう*] *ひじりぞうのしんがくてきいぎ*

*エジプトのひじりマリア**のイコン。**17せいき**に**ロシア**でえがかれたもの。ちゅうしんにいのりをたてまつげるエジプトのひじりマリアのすがたがえがかれ、しゅういにそのしょうがいについてのでんしょうないようがひだりうえからじゅんにえがかれている。*

*ひじりぞうはかいうんどう**のしょうてんはひじりぞうのしようがキリストきょうきょうぎといはいするかどうかにあった。ろんてんはおおきくふたつにわけられる。まずきよしぞうしようが「**ぐうぞうすうはい**」にあたるかどうかであり、だいににひじりぞうしようにおいて(かりにぐうぞうすうはいにあたらないとしても)「**かみ**をえがくこと」がかのうかどうかである。*

*きゅうやくせいしょでのけいぞうきんしは、せいかくには「ぐうぞうをすうはいすること」である。このひはんをさけるためにひじりぞうようごには「すうはい」と「すうけい」のちがいがどうにゅうされる。*

*すなわちきよしぞうのしようはぞうそのもののすうはいではなく、ぞうがあらわすものの**そうき**のためであり、ぞうそのものはけいいをもってあつかわれるべきものではあっても、あくまでもすうはいのたいしょうではないとかんがえるのである。ひじりぞうようごろんにあってはひじりぞうはしばしば「**こいびと**のずぞう」にたとえられる。こいびとのえやしゃしんはこいびとそのものではないが、とおくハナレたこいびとをしのぶものはそのずぞうをたいせつにする。それとおなじくきよしぞうは、そのぞうけいをとおしてかみやせいじんのそんざい、またそのじせきをそうきさせるのである、というしゅちょうである。*

*つぎにかみをえがくことのかのうせいであるが、これは**カルケドンおおやけかいぎ**でせいとうきょうぎとされた「しんせいとじんせいはこ(キリスト)においてわかたれずいったいである(**さんみいったい**)」というきょうせつからようごされる。きゅうやくの「ぞうをきざむなかれ」というきんしはかみそのものにみとめ、またそのびょうしゅつのふかのうせいをみとめたうえで、かみのみっつのくらいかくのひとつであるこなるかみにおいては、ひととしてのすがたをあらわしたナザレのイエスにかんするかぎりで、このびょうしゅつふかのうせいがむしろかみのがわからやぶられているとかんがえうるからである。*

[*へんしゅう*] *ひじりぞうのようしき*

[*へんしゅう*] *こだい*

*ひじりぞうはかいうんどうのため、こだいのひじりぞうはかなりがうしなわれている。かずすくないユウシュウなのこれいとしては、**シナイさん**のきよしカタリナしゅうどういんにある『ぜんのうしゃキリスト』、ローマの**サンタ・マリア・マッジョーレだいせいどう**(きよしマリアだいせいどう)にある『せいぼし』があげられる。*

[*へんしゅう*] *とうほうきょうかい*

*せいきょうかい**はイコン(=きよしぞう)のけいしきにきょうかいのきょうぎによりげんかくかつさいみつなきはんをあたえた。そのきはんはせいきょうしんとがせんだつのずぞうをそのとおりにとうしゅうして「かく」ものであり、りったいとすることはきんじられている。あたらしいずぞうはそのたびにきょうかいかいぎなどのしんさをうけることになる。*

[*へんしゅう*] *せいきょうかいにおける、イコンがかとイコンのようけん*

*せいきょうかいでは、きょうかいやかていなどでもちいるイコン、およびイコンをえがくがかについてはげんかくなきていがある。イコンをえがくことはかみにちかづくみちのひとつであり、**きとう**のかたちのひとつであるばかりでなく、イコンをみるほかのしんじゃをかみにみちびくみちだからである。*

  • *イコンがかはきょうやくしゃのいちしゅであるとされ、**せいきょうと**いがいのものがひじりぞうをえがくことはみとめられていない。またきよしぞうをえがくさいには、とき(しょくじきてい)などのきていがある。*
  • *せいきょうかいにおけるイコンは、せいきょうかいしんと(おおくのばあい、しゅうどうしかしゅうどうおんな)がきょうかいのしゅくふくのしたでえがき(さくせいし)、それを**しさい**がなるひじりしたもののみをさす。あるさくひんがずぞうてきにいっちするからといってそれをひじりぞうとよぶわけではない。えはがきでも**リトグラフ**でも、なるひじりされたものはひじりぞうであり、ぎこうをくししてつくられたスグレたてがきのふくせいひんでもさくひんでも、なるひじりされていなければそれはイコンではない。*
  • *せいきょうかいのせいどうでは、いたりひじりしょとないじんは**イコノスタシス**(きよしさわ)とよばれるかべでくぎられる。イコノスタシスへのイコンのはいちにはげんかくなきていがある。イコノスタシスはたんにイコンのしゅうごうたいというのみならず、「てんしをかたどるそんざい」とされる**しんぴん**をはじめとしたせいどうでのたてまつかみれいじゅうじしゃのとおりみちであるみなみもん・きたもんにはてんしのイコンをはいちするなど、そのはいちにはじっさいの**たてまつかみあや**とむすびついたようそがあり、たてまつかみれいにせいつうしたものがつくらなければスグレたものとはならないしょようそがふくまれている。げんかくなきていにはでんとうにうらうちされたこんきょがある。くわしくは**イコノスタシス**のこうもくをさんしょう。*

[*へんしゅう*] *げんだいのせいきょうかいのイコン*

*じしるしひじりぞうのいつわをあらわしたかいが(10せいき)*

*ふるくからイコンはきちょうひんであったが、しゅうどうしのげんしょうもあい俟ってそのきしょうせいがさらにたかくなっているきんげんだいにおけるにゅうしゅのこんなんさから、きょうかいのおおやけきとう(**たてまつかみあや**)のさいにもかみでできたイコンやあるいはずはんからコピーしたものをつかうことはおこなわれている。はんぷのため、きそんのイコンをかみにいんさつすることもきんげんだいではおおくおこなわれる。しんこうのうえでは、かみにいんさつしたイコンもいたえのイコンも、そのかちにはかわりがないとされる。あくまでも、イコンすうけいは、ぶっしつとしてのえをとうとぶものではなく、その「まど」のむこうにいますせいなるものをきおくするためのなのである。ただし、できるかぎりてがきのほうがせいどうにおかれるにはのぞましいとはされる。*

*びじゅつけんきゅうのうえでは、おおくいたえにきんじをはりテンペラぎほうでかいたものがイコンとよばれ、じっさいにきょうかいでつかわれるひじりぞうもおおくこのしゅるいのものであるが、たにもフレスコやモザイク、ステンドグラスなどがつかわれることもある。きんだいいこうは**リトグラフ**をはじめとしたいんさつによるものがしんとのりようするしょくどうやしんとのかていなどでふきゅうしていった。*

*いくつかのひじりぞうは**きせき**とむすびつけられ、ことにすうけいされる。とくていのひじりぞうのためのさいじつもそんざいする。キリストのかおをうつしたとされる「**じしるしひじりぞう**」、「**ウラジーミルのうるかみおんな**」などがよくしられている。*

[*へんしゅう*] *せいほうきょうかい*

*ポーランド**さいだいのじゅんれいちであるチェンストホーヴァ(**Częstchowa**)のヤスナ・グラしゅうどういん(**JasnaGóra**)にまつられている**くろいせいぼ**のイコン*
*AmodernmetaliconofSt. NicholasbytheBulgarianartistGeorgi'Chapa'Chapkanov.GilbertHouse,Stanley,FalklandIslands.*

*ひじりぞうのけいしきにきょうかいのきょうぎできはんをあたえたせいきょうかいにたいして、せいほうすなわちローマきょうかいはひかくてきじゆうなたちばをとった。ことにきよしぞうはかいろんそうにおいて、きょうこう**グレゴリウス2せい**をはじめ**ローマきょうこう**は、ひがしローマこうていがだしたきよしぞうはかいれいにはげしくはんたいした。ただし、**トリエントおおやけかいぎ**では、きよしがぞうすうけいにおいてきょうぎじょうあやまったひょうげんやてんじがされないように、またすうけいのしんこうじょうのいぎをきょういくするよう、しきょうらのかんりぎむをウナガシた。*

*びょうしゃのけいしきでとくにきょうかいほうじょうのきはんがないことによって、にしヨーロッパの**しぜんしゅぎ**てきなびょうしゃは、**ルネサンス**きのイリュージョニスティックなしゅほうのりゅうこう、とりわけ**いちてんとうしずほう**がもたらしたかいがくうかんのしゃじつせいにより、ぐしょうせいまたさいげんせいのついきゅうにおいてちょうてんをきわめた。このことはぎゃくに**たいこうしゅうきょうかいかく**きにおける**しんぴしゅぎ**のりゅうせいとあいわし、さいげんてきぎじゅつのきょくてんとしてのひしゃじつてきびょうしゃをもたらした。**バロック**きの**ベルニーニ**のちょうこく『きよしテレサのほうえつ』やバロックようしきのきょうかいのそうしょくなどにそれがうかがえる。*

*ようしきてきじゆうはまたプロテスタントにもきょうつうする。ルターはちいきにおけるバロックびじゅつのじゅようはそのことをよくせつめいするであろう。しかしそのじゆうなぞうけいてきてんかいはいっぽうで**しんこてんしゅぎ**のげんかくさへとしゅうれんしていき、たほうでひでんとうてきな**ロマンしゅぎ**かいが、たとえば**カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ**のひじりせいのひょうげんとしてのふうけいがといったかいがごほうをうみだすのである。*

[*へんしゅう*] *ちゅうしゃく*

  1. ^*こてんギリシャごのさいけんおんではエイコナ*

[*へんしゅう*] *しゅようなひじりぞうがか *

[*へんしゅう*] *さんこうぶんけん*

  • Leonid Ouspensky and Vladimir Lossky, The Meaning of Icons, tr. by G. E. H. Palmer and E. Kadloubovsky, St. Vladmir's Seminary Press, 1982, 1999, (orig. Der Sinn der Ikonen, URS Graf, 1952, 1982).
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[*へんしゅう*] *かんれんこうもく*

[*へんしゅう*] *がいぶリンク*