*バシリカ*
*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*
*バシリカ**(*basilica*)は、*
- *1)けんちくのへいめんけいしきのひとつで、ちゅうおうの**みろう**の2へんないしはそれいじょうのあたりを、**がわろう**によってとりかこむものをいう。みろうとがわろうはれつばしらによってわけられる。バジリカしき、ちょうどうしきともいう。*
- 2)*ローマきょうこう**のはっこうした**きょうこうしょうしょかん**により、いっぱんの**きょうかいどう**よりじょういにあることをみとめられたきょうかいどうのこと。*
*もくじ* |
[*へんしゅう*] *がいせつ*
[*へんしゅう*] *けんちくけいしきとしてのバシリカ*
*バシリカは**ギリシアご**で「おうのれつちゅうろう」をいみするバシリケーにゆらいするとされる*[1]*が、そのせいかくないみについてはぎろんがある。**ローマけんちく**において、バシリカはさいばんしょやとりひきしょにもちいられたしゅうかいしせつ、またはそのようなきのうそのものをさすことばとしてつかわれていたが、やがていきょうれいはいどうをきらう**キリストきょう**きょうかいどうのけんちくとしてとりいれられ、いっていのへいめんけいしきをさすことばとなった。*
*バシリカは、ちょうほうけいのへいめんをもち、ないぶにクリアストーリ(さいこうようのこうまど)とれつばしらのアーケードをもつけんちくぶつで、こだいローマにおいてかくりつされたとくていのこうきょうけんちくと、そこからはせいしたキリストきょうのきょうかいどうけんちくをさす。たてもののたんあたりほうこうは、**やね**をこうせいする**よこかざい**のきょうど、あるいはすいへいほうこうへのおうりょく*[2]*によってそのはばがけっていするが、ちょうあたりほうこうについてはしきちとひようのゆるすかぎり、どこまでもれんぞくさせることができる*[3]*。また、すいちょくほうこうについても、ゴシックけんちくにだいひょうされるようにへきめんにひかえかべをせっちすることによってこうそうかさせることがかのうである。*
*バシリカのないぶはたんじゅんなこうせいで、あるていどはたもくてきにしようすることができ、じっさいにこだいローマでは、うてんのさいのフォルムとしてりようされているが、さいぶんかされたとくていのぎれい、てんれいにたいおうするにはふつごうがしょうじるため、**ロマネスクけんちく**ではにしがまえやにししょうめん、アプス、ほうけいないじん、しょうれいはいどうなどをくみあわせてそのきのうをおぎなった。**ゴシックけんちく**や**ルネサンスけんちく**でも、たしょうのちがいはあるが、おおくのきょうかいどうのきほんこうせいはバシリカである。*
[*へんしゅう*] *とっけんをふよされたきょうかいどうとしてのバシリカ*
*カトリックきょうかいではでんとうてきに、ローマきょうこうのはっこうするこうしきぶんしょ(きょうこうしょうしょかん、しょうちょくしょなどとよばれる)によってしゅじゅのとっけんをふよされたきょうかいどうをバシリカとこしょうしている。これらのとっけんはぐたいてきには「いっぱんのきょうかいどうよりじょういのきょうかいどうとしてあつかわれるけんり」「オンブレリーノ*[4]*をそなえるけんり」「ティンタナバラム*[5]*をそなえるけんり」「**ひじりつとむにっか**において**せいどうさんじかい**いんがだいカッパ(cappamagna)*[6]*をちゃくようするけんり」のよっつである。*
*なお、あるきょうかいどうがバシリカであるとどうじに**しきょうざせいどう**であるれいもめずらしくない。きょうかいどうとしてのバシリカのなかでももっともちょめいなのが、ローマにある、いわゆる「よんだいバシリカ」*[7]*である。バシリカはせかいじゅうにかずおおくそんざいしており、2006ねんじてんで1476のバシリカがある。たいはんはヨーロッパにあるが、なんぼくアメリカにも200じゃく、アジアやオーストラリアにもじゃっかんのバシリカがそんざいしている。*
[*へんしゅう*] *れきし*
[*へんしゅう*] *ローマけんちくのバシリカ*
*バシリカのごげんがギリシアごであることから、このけんちくは**こだいローマ**のなかでもギリシアごがはなされていた**イタリアはんとう**なんぶ、**カンパーニア**いったいでけいせいされたかのうせいがひじょうにたかい*[8]*。そのごローマテイコクのせいほうぞくしゅうのとしにけんせつされ、あくてんこうのさいにつかわれるもうひとつのフォルムとして、しょうばいなどのしてきじぎょうのほか、**さいばんしょ**や**しゅうかいしょ**などのこうてきかつどうにもしようされる、いっしゅの**たもくてきホール**としてきのうした。バシリカはローマにおけるもっともじゅうようなこうきょうけんちくとなり、せいほうぞくしゅうにあっては、ていせいしょきにフォルムのいちへんがバシリカでせんゆうされ、しんでんなどとかんぜんにゆうごうしたバシリカ・フォルム・しんでんふくごうたいとよばれるこうきょうくうかんがけんせつされた。これは**きげんぜん2せいき**から**きげんぜん1せいき**にかけて、イタリアはんとうほくぶでけいせいされ、としけいかくのなかにくみこまれたものである*[9]*。*
*バシリカは、いっぱんにもくぞうてんじょうでおおわれたホールをもち、ないぶにれつちゅうろうをもうけ、たんあたりにさいばんなどのさいに**しっせいかん**がちゃくせきするこうだん(**トリブナル**)がつくられた。そのはんたいがわは**フォルム**にかいほうされていたが、きょだいなものではたんあたりのりょうがわにトリブナルや**アプス**をもうけたため、ちょうあたりがわにフォルムへのふくすうのでいりぐちをそなえるものもある。また、しばしばこうていすうはいのためのれいはいどう、こうぶんしょほかんしょ、しょききょくなどのふぞくしつをそなえる。ただし、おおくがちょうほうけいへいめんでみろうとがわろう、いりくちにたいおうするトリブナルなどをそなえていたとはいえ、せいほうけいへいめんでほとんどたんいつのくうかんしかないものや、がわろうをもたないへいめんのものもあった。*
*きょう、そのいこうをみることのできるもっともふるいバシリカは、**きげんぜん2せいき**にけんせつされた**ポンペイ**のバシリカである。しゅと**ローマ**の**フォルム・ロマヌム**にさいしょにけんせつされたバシリカ、バシリカ・アエミリアも**きげんぜん184ねん**から**きげんぜん170ねん**のまにけんせつされており、りょうしゃはほぼどうじきにけんせつされているとかんがえてよい。ただし、げんざいのバシリカ・アエミリアのいこうは、**きげんぜん25ねん**ころにバシリカ・センプロニア(いごバシリカ・ユリアとよばれる)とともに**ガイウス・ユリウス・カエサル**によってさいけんされたものである。*
*バシリカ・ユリアは、せいむかんのしょくむとしてしほうにじゅうてんがおかれるようになったため、さいばんせんようのバシリカとしてわりあてられ、ひゃくにんほういんさいばんかんのほうていとしてみんじさいばんのみがおこなわれた。きょうのこるバシリカ・ユリアのいこうはカエサルのじだいのものではなく、**12ねん**に**オクタウィアヌス**によってさいけんされたものである。*
*このほか、げんざいでもめにすることのできるローマのじゅうようなバシリカはいかのとおりである。*
- *バシリカ・ウルピア(113ねんかんせい)*
- *トライヤヌス**によってけんせつされたトライヤヌスのフォルムのふぞくけんちくぶつ。ほくとうとなんせいにはんえんけいのアプスをもち、ちょうあたりほうこうにスウカショのでいりぐちがもうけられている。きょうではいちぶのいこうしかめにできないが、プリニウスによってローマさいびのけんちくのひとつにあげられ、ぞくしゅうにおいてもひろくもほうされた。また、コンスタンティヌス1せいが、このバシリカをキリストきょうのせいどうのモデルとしたことはかくじつとめされており、コンスタンティヌス2せいもローマをほうもんしたさいに、このけんちくぶつにとくにきょうたんしたきろくがのこっている。じゅうようなバシリカである。*
- *レプティス・マグナのバシリカ(193ねん〜218ねんごろにかんせい)*
- *セプティミウス・セウェルス**によってけんせつされたフォルム・バシリカ・しんでんふくごうたいのいちぶをなす。ゆかめんからてんじょうめんまでが30mちかくあるきょだいなバシリカで、バシリカ・ウルピアとほぼおなじへいめんをもち、げんざいでもないぶくうかんをそうぞうできるほどのじょうたいでのこっている。しようされている**だいりせき**は**マルマラうみ**の**プロコネソスとう**でさんしゅつ・かこうされたもので、しこうもとうほうでくんれんされたこうじんしゅうだんによっておこなわれたらしい。*
- *マクセンティウスのバシリカ(302ねん〜325ねんごろにかんせい)*
- *マクセンティウス**によってきこうされ、コンスタンティヌス1せいによってかんせいしたバシリカ。じゅうらいのバシリカとはちがい、みろうとがわろうをへだてるれつばしらがはいじょされ、こうていよくじょうからちゃくそうしたとおもわれるコンクリート・ヴォールトのけいたいをよりきょうちょうしたつくりになっている。げんざいではへいめんのうちきたがわのがわろうにあたるぶぶんのみがのこる。キリストきょうかいぜんにけんせつされたさいごのだいバシリカである。*
[*へんしゅう*] *しょきキリストキョウけんちくのバシリカ*
*けんちくにおいて、しょきキリストキョウけんちくとよばれるものは、おおよそ**4せいき**から**7せいき**までのまにけんせつされたしゅうきょうけんちくをさす。コンスタンティヌスいちせいの**ミラノみことのりれい**によってキリストきょうがこうにんされ、ていこくのとっけいしゅうきょう*[10]*となると、キリストきょうとはかくちにれいはいようけんちくぶつをさかんにこんりゅうするようになった。キリストきょうとのれいはいけんちくのひながたとしてもっともおおくさいよう・おうようされたものが、ローマけんちくのバシリカであったが、これがいつごろからおこなわれていたかについてはめいかくでない。でんしょうでは、**サン・ジョバンニ・イン・ラテラノだいせいどう**が**312ねん**にけんせつされたとされるが、しじつてきなうらづけはない。ただし、4せいきのれきしか**エウセビオス**のきじゅつによると、**314ねん**から**317ねん**のまにけんせつされた**ティルス**のきょうかいどうが、かくじつにしょきキリストキョウけんちくのバシリカであり、シリアやパレスティナでは4せいきしょきに、すでにいくつかのバシリカしきのきょうかいどうがけんせつされていたようである。このため、**ディオクレティアヌス**によるだいはくがいがおこなわれる**303ねん**よりもまえに、キリストきょうとのてんれいようけんちくとしてバシリカがさいようされていたとかんがえられている*[11]*。こだいのきょうかいにはきそんのバシリカをてんようしたものもしられている。とうじのキリストキョウトが、わざわざふるくさいけんちくであったバシリカのへいめんをなぜさいようしたのか、そのけいいについてはさまざまなぎろんがあるが、おおむねいかのようなりゆうがあげられている*[*ようしゅってん*]*。*
- *キリストキョウトがローマ・ギリシアしんわのかみ々をまつるしんでんをきひしたため、ローマしんでんがてんれいくうかんのひながたにはなりえなかった。バシリカはこうきょうけんちくだったので、いきょうれいはいをおもわせなかったためにさいようされた。*
- *キリストきょうはたにんずうがさんかするしゅうかいてきなものであったうえに、てんれいにたいしてもよくがっちしたためにさいようされた。*
- *どこにでもあるざいりょうでたいりょうせいさんがかのうなうえに、ないぶのしあげざいによってしなのあるたてものにすることができるためにさいようされた。*
*ただし、キリストきょうとはローマけんちくのバシリカをそのままさいようしたわけではなく、いっていのほうこうへのつよいしこうせいをもってけんせつした。ちゅうおうにおおひろまにそうとうするみろう(ネイブ)をとり、さゆうにがわろう(アイル)をもうけるてんはローマけんちくのてんけいてきなバシリカとかわらないが、きょうかいどうはおおむねとうざいにながく、みろうひがしばたぶは**アプス**をもうけて**いたりひじりしょ**とし、はんたいがわにでいりぐちがもうけられた*[12]*。みろうのみでこうせいされるものをたんろうしきバシリカ、みろうのりょうがわにがわろうがあるものを3ろうしきバシリカ、がわろうがさらにそのそとがわにふかされたものを5ろうしきバシリカとよぶ。みろう・がわろうのまにつづくれつばしらは、さいだんにむかってしせんをしゅうちゅうさせるこうかもあったが、バシリカはしばしばひじょうにきょだいなけんちくぶつとなることもあり、おくゆきのふかいたてものではしさいはおおごえでせっきょうをおこなわざるをえず、へいきん2〜3じかんもかたりつづけることはたいへんだったとおもわれる。*
*あまりにもおおくのきょうかいどうがこのけいしきでけんせつされたため、たんちょうでかくいつてきなけんちくのようにみえるが、おおきさはさまざまで、トランセプト(そでろう)をこうせいするなどのへんしゅもある。ちいきてきには、ひがしのしゅとのしゅうへんぶではがわろうが2かいだてになっていることがおおく、シリアはイタリアはんとうとおなじくもくぞうのひらてんじょうをかけるが、こうぞうはきりいしによるくみせきみやつこである。アナトリアはんとうとアルメニアでは、ヴォールトをかけたバシリカがおおくけんせつされている。しょきキリストキョウのだいひょうてきなバシリカとしては、つぎのようなものがある(しょきキリストキョウけんちくにおけるバシリカのどうにゅうについては、**ビザンティンけんちく**のこうもさんしょう)。*
- *きゅうサン・ピエトロだいせいどう**(ローマ 390としごろ)*
- *げんざいのだいせいどうはルネサンス・バロックじだいにさいけんされたもので、でんとうてきなバシリカのへいめんではなく、プレ・ロマネスクきにみられるたんろうしききょうかいどうにちかいこうせいになっている。それいぜんのきゅうせいどうは、みろうをにじゅうのがわろうがとりまく5ろうしきバシリカであったが、ローマそうしゅきょうのしきょうざだいせいどうではなく、きよしペテロのはかとされるものをさんぱいするためのきねんれいはいどうであったので、つうじょうはひがしにもうけられるはずのアプスがにしがわにせっちされ、きょうかいどうとしてはとうざいぎゃくのこうせいになっている。*
- *アヒロピイトスせいどう(**テッサロニキ** 5せいき)*
- *コンスタンティノポリスきんこうでおおくけんせつされた、がわろうが2かいだてになったバシリカ。2かいだてがわろうのいみはあまりめいかくではないが、だんせいとじょせいのさんれつしゃをぶんりするため、あるいはいっぱんしんとときぞくらをわけるためのそちとかんがえられる。げんざいは、こうまどのあったぶぶんやモザイクなどのないぶそうしょくはうしなわれているので、ややくうきょなくうかんとなっている。ラヴェンナにのこるせいどうとひかくすると、バシリカのくうかんのしょうちょうせいは、ないぶそうしょくにいぞんすることがわかる。*
- *サンタポリナーレ・イン・クラッセせいどう**(ラヴェンナ 534ねんごろきこう)*
- *ラヴェンナにある、げんそんするうつくしいバシリカのひとつ。ないぶそうしょくはアプスのものいがいはうしなわれているが、くうかんのこうせいはほとんどそうけんとうじのままである。れつばしらによってスクリーンのようにゆるやかにぶんせつされたみろうとがわろう、みろうのじょうぶにならぶこうまどなど、てんけいてきなバシリカのとくちょうをよくそなえる。そうけんとうじ、アプスだけでなく、みろうのないへきもおなじくラヴェンナにのこる**サンタポリナーレ・ヌオヴォせいどう**のようにモザイクでそうしょくされていた。*
- *カルブロゼのバシリカ(5せいき **カルブロゼ**)*
- *しょきキリストキョウけんちくのなかでも、ビザンティンけんちくのでんとうとはことなるシリアとくゆうのけいしきをもつバシリカ。みろうとがわろうをぶんりさせないように、アーチをおおきくかけるため、れつばしらはえんちゅうではなくかくちゅうでこうせいされる*[13]*。したがって、ないぶはロマネスクのじだいにヨーロッパにしゅつげんしたひろましききょうかいどうにちかい。また、いりくちにロッジアをそなえ、そのりょうわきにそうとうをつくるこうせいも、とうじのシリアけんちくとくゆうのものである。とうのいみについてはわかっていないが、しゅろう*[14]*のようなはたらきをしたものとかんがえられる。*
*このように、こだいのキリストキョウトたちはきょうかいどうけんちくとしてバシリカをコノンだが、れいはいどう・せんれいどう、そしてだいせいどうも、えんけいへいめん・たかくがたへいめんをもったこうせいでけんせつされることがめずらしくなかった。これらは、バシリカ(またはちょうどうしき)きょうかいどうにたいしてしゅうちゅうしききょうかいどうとよばれる。キリストきょうけんちくのしゅうちゅうしききょうかいどうのきげんははっきりしていないが、おうきゅうえっけんしつにそのきげんがあるとするせつがある*[15]*。げんざいでは、けんせつしゃがバシリカとしゅうちゅうしきをどのようにつかいわけていたのかはすいろんするよりほかない。*
[*へんしゅう*] *にしヨーロッパのバシリカ*
*にしヨーロッパにかんしては、**にしローマテイコク**めつぼうごから**11せいき**までのにしヨーロッパにおけるバシリカのはってんについては、はっくつとぶんけんのみでしかしることができない。おそらくおおくのきょうかいどうはバシリカであったとおもわれるが、イタリアはんとうとイベリアはんとうほくぶの**アストゥリアス**いがいで**9せいき**いぜんにさかのぼるきょうかいどうはげんそんせず、いこうもきそぶぶんのみがわかるていどにすぎない。*
*ちゅうせいいごも、しょきキリストキョウけんちくにつらなるバシリカはけんせつされつづけたが、ないぶのこうせいにかんしては、そのいんしょうはしょきキリストキョウけんちくのものとはほんしつてきにことなるものとなっている。ロマネスクけんちくのはじまりのじだいには、みろうとがわろうをぶんりするれつばしらはかくちゅうにおきかえられるか、あるいはかなりふといえんちゅうになったため、みろうとがわろうはかんぜんにぶんりしたかたちとなり、みろうはちょうほうけいのはこがたくうかんとなった。また、へいめんてきであったみろうへきめんにはつけばしらがとりつけられるなどしていしょうてきにぶんせつされ、くわえて、しばしばがわろうかの2かいにかいじょうせきがもうけられたため、みろうにむかってひらかれたギャラリー、トリフォリウムなどがせっちされた。このけっか、じだいがくだるにつれてへきめんのめんせきはしゅくしょうし(つまりかいこうぶがかくだいし)、せいきロマネスクのじだいにはたてものぜんたいがほねぐみのようなこうせいをもつきょうかいどうがあらわれるようになった。*
*へいめんは、きゅうサン・ピエトロだいせいどうのようにみろうとアプスのまにもうけられたないじんぶにそでろう(トランセプト)がこうせいされ、ラテンじゅうじがたのへいめんをさいようするものがおおかった。しょきロマネスクのだんかいでは、バシリカをきほんたんいとして、にしがまえからはったつしたにししょうめんぶぶんとひがしがわのないじんがたしあわされたようなへいめんをもっていたが、**790ねん**から**799ねん**のまにけんせつされたザンクト・リキエせいどうのはんがやきろく、**820ねん**にさくせいされたザンクト・ガレンしゅうどういんのせっけいず、そしてケルンだいせいどうのはっくつなどによって、8せいきにはすでにこのけいしきがさいようされていたことがしられている*[16]*。まっきロマネスクおよびゴシックけんちくのじだいになると、ブロックごとにどくりつしていたくうかんがとうごうされ、ないぶくうかんはふたたびとういつされるようになった。*
*8せいきから15せいきまでのにしヨーロッパのバシリカのはってんについては、**ロマネスクけんちく**および**ゴシックけんちく**もさんしょう。*
[*へんしゅう*] *とうほうきょうかい**・**せいきょうかい**のバシリカ*
[*へんしゅう*] *えんがいしきバシリカ*
*キリストきょうにとりいれられたバシリカは、けいざいてきにもぶんかてきにもたかいすいじゅんにあったとうほういきでせんれんされ、いくつかのへんけいパターンをうみだした。**ハギア・ソフィアだいせいどう**もそのひとつといってよいが、**ひがしローマテイコク**をはっしょうとするよりいっぱんてきなけいしきとして、えんがいしきバシリカまたはこがたドーム・バシリカとよばれるものがある。*
*げんざいもっともよくのこっているこのけいしきのけんちくは、**8せいき**にけんせつされた**テッサロニキ**のアギア・ソフィアせいどうであるが、えんがいしきバシリカのへいめんけいしきは**6せいき**にまでさかのぼり、**561ねん**から**564ねん**にかけてけんせつされたカスル・イブン・ワルダンふくごうけんちくぐんのきょうかいどうが、げんざいかくにんできるもっともふるいものである。こけんちくはすでにはいきょとなっているが、みろうぶぶんのれつばしらやアーチじょうぶのドラムとドームのとりあいをかくにんできるほどにはざんそんしている。いしょうてきには**コンスタンティノポリス**のえいきょうよりは**シリア**のちほうようしきがいろこく、とうのデザインとしてはかなりざんしんなものといえる。*
*ミラのアギオス・ニコラオスせいどうは、コイメシスきょうかいどうよりもおおきなけんちくであるが、ほとんどおなじへいめんをもっている。こちらはげんそんしているが、**9せいき**、**12せいき**、**19せいき**にそれぞれだいきぼなかいしゅうをうけているため、けんせつのせいかくなねんだいはふめいである。*
*9せいきしょきにけんせつされたデレアジのきょうかいどうは、げんざいではみごとなはいきょだが、えんがいしきバシリカとしてはてんけいてきなへいめんけいしきをもつ。*
[*へんしゅう*] *クロス・ドーム・バシリカ*
*テッサロニキのハギア・ソフィアせいどうのえんがいしきバシリカは、これらよりもねんだいがあたらしく、8せいきちゅうきにこうあんされたとくしゅなへんけいのひとつである。へいめんは、みろうとがわろうをへだてるアーケードがこうたいし、ドームをささえるきょだいなピアがきょうちょうされているので、**ギリシャじゅうじ**かたにちかいみろうをもつ。これはクロス・ドーム・バシリカ(あるいはたんにクロス・ドーム)とよばれるけいしきで、このかたのきょうかいどうをないせつじゅうじがたにいこうするぜんだんかいとかんがえているけんきゅうしゃもいる(このようなけいたいのぜんしんろんについてはかくしょうがないためいろんもある)。*
*ニカイア**(げん**イズニク**)のコイメシスきょうかいどうは、すでにとりこわされてしまったためそのせいかくなけんせつじきはふめいだが、テッサロニキのハギア・ソフィアせいどうとおなじく8せいきしょきにけんせつされたらしい。こんせいきはじめのちょうさによれば、ちょっけい6mのドームをいただくクロス・ドーム・バシリカで、みろうとがわろうぶぶんはえんちゅうではなくちょうほうけいだんめんの**ピア**でへだてられていた。*
*このけいしきにつらなるけんちくとして、**6せいき**から**7せいき**にかけてけんせつされた**アンカラ**のハギオス・クレメンスせいどう(げんそんせず)、コンスタンティノポリスのカレンデルハネ・ジャーミィがある。*
*にしヨーロッパでも、バシリカがたとドームをゆうごうしたせいどうはけんせつされているが、ビザンティンけんちくのれきしてきみゃくらくとはかんけいがない(これについては**ルネサンスけんちく**・**バロックけんちく**をさんしょう)。*
[*へんしゅう*] *ミストラがた*
*ミストラがたバシリカはバシリカへいめんとないせつじゅうじへいめんのこんせいがたで、じょうそうぶぶんはないせつじゅうじへいめんをもっているが、かそうはバシリカへいめんとなっている。**ミストラ**においてさいしょにはっけんされたけいしきなので、ミストラがたとよばれる。ないせつじゅうじへいめんの3ほうこうにギャラリーをついかするひつようせいによってうまれたものであり、バシリカのはってんがたというよりは、ないせつじゅうじがたのえんちょうせんじょうにいちする。*
*ちょくせつのきげんは、**740ねん**にかいしされた**コンスタンティノポリス**のアギア・イリニせいどうのかいしゅうこうじで、そのご、**10せいき**ころにけんせつされた**パロスとう**のアギオス・ニコラオスせいどうにおいてもさいようされた。ミストラのきょうかいけんちくぐんにおいては、**10せいき**しょとうにけんせつされたブロントキンしゅうどういんのちゅうおうきょうかいどうパナギア・オディギトリアがないせつじゅうじがたへいめんを、ミトロポリス(ふしゅきょうざきょうかいどう)がバシリカがたへいめんをそれぞれミストラがたにかいしゅうしている。**15せいき**のパンタナサせいどうはさいしょからミストラがたとしてけんせつされた。*
[*へんしゅう*] *しゅってん・きゃくちゅう*
- ^*P.グリマル『ローマのこだいとし』p51。*
- ^*てんじょうにヴォールトをかけるばあいは、りょうがわのへきめんがアーチのすいへいおうりょくにどのていどまでたえられるかによって、そのはばがけっていする。すいへいほうこうへのおうりょくをじめんにつたえるやくわりをになうのがひかえかべであり、これをアーチでとばすものがとびやな(**フライング・バットレス**)である。*
- ^ *コリントス**きんこうのレカイオンにあるハギオス・レオニダスせいどうは、ぜんちょう110m。**せかいいさん**でもある**エジプト**、**アブ・メナ**のハギオス・メナスせいどうは80mにたっする。*
- ^*きょうこうせんようのかさのこと。オンブレリーノはイタリアごだが、かっこくごにたいおうごがある。オンブレリーノはつうじょう、しゅさいだんむかってみぎてにおかれる。*
- ^*きょうこうをしょうちょうするすずのこと*
- ^*カトリックきょうかいにおいてとくにかくしきのたかいものとされているぎしきようのいしょう*
- ^ *サン・ピエトロだいせいどう**、**サンタ・マリア・マッジョーレだいせいどう**、**サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラだいせいどう**(じょうへきがいのひじりパウロだいせいどう)、**サン・ジョバンニ・イン・ラテラノだいせいどう**。このよっつに**サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラだいせいどう**(じょうへきがいのきよしラウレンツィオだいせいどう)をくわえてごだいバシリカとしょうするばあいもある。*
- ^*J.B.W.パーキンズ『ずせつせかいけんちくしローマけんちく』p15。*
- ^*J.B.W.パーキンズ『ずせつせかいけんちくしローマけんちく』p131-p135。*
- ^*このときはまだ、キリストきょうはローマテイコクのこっきょうというわけではない。*
- ^*C.マンゴー『ずせつせかいけんちくしビザンティンけんちく』p36。*
- ^*ただし、きねんれいはいどうなどはせいじんのきねんぶつのほうがじゅうようであったため、たてもののほうこうはこだわらずにけんせつされた*
- ^*しょきキリストキョウけんちくにおいて、えんちゅうをもちいたばあいのスパンはさいだい3.5mていどである。かくちゅうによるだいアーチでは、そのばいていどのスパンにすることができた。*
- ^*ただし、かねではなく、もくせいのいたをつちでたたいていのりのじかんをよびかける、ギリシアせいきょうのセマントロンであるか、あるいはおおごえによるものとかんがえられる。C.マンゴー『ずせつせかいけんちくしビザンティンけんちく』p86。*
- ^*C.マンゴー『ずせつせかいけんちくしビザンティンけんちく』p55-p59。*
- ^*N.ペヴスナー『しんぱんヨーロッパけんちくじょせつ』p44-p45。*
[*へんしゅう*] *さんこうぶんけん*
- *ニコラス・ペヴスナーたちょ すずきひろゆきかんやく『せかいけんちくじてん』(**かしましゅっぱんかい**)*
- *シリル・マンゴーちょ **いいだきしろう**わけ『ずせつせかいけんちくし ビザンティンけんちく』(ほんのともしゃ)*
- *ハンス・エリッヒ・クーバッハちょ **いいだきしろう**わけ『ずせつせかいけんちくし ロマネスクけんちく』(ほんのともしゃ)*
- *ルイ・グロテッキちょ **まえかわみちお**・くろいわしゅんすけやく『ずせつせかいけんちくし ゴシックけんちく』(ほんのともしゃ)*
- *ピエール・グリマルちょ・きたのとおるやく『ローマのこだいとし』(しろみずしゃ)*



