*いっぴんしんのう*
*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*
*いっぴんしんのう**(いっぽんしんのう)とは、**りつりょうせい**において**すめらぎおや**にたいしてあたえられたもっともたかい**ひんい**であるいっぴんをあたえられた**しんのう**のこと。こうぎではいっぴんをあたえられた**ないしんのう**(**いっぴんないしんのう**)もふくまれる。*
*いっぴんしんのうには**いでん**80まち・**しなふう**800こ(『**じつごみ抄**』では600こ)・**しじん**160にんがしきゅうされた。たにぶんがく(ふみはかせ・しんのうのみ)・かれい(いえのかみ)・扶(すけ)・だい従・しょう従・たいしょ吏・しょうしょ吏各1めいが**いえつかさ**としてはけんされた。たちばとしては**せいいちい**・**従いちい**とどうようにあつかわれており、たいぐうとしてはそれをうわまわった。また、せい従いちいとどうように**だじょうだいじん**にしゅうにんするしかくがあった(ただし、せいぜんにだじょうだいじんにしゅうにんしたいっぴんしんのうはいない)。*
*ひんいはてんのうとこうたいしをのぞくすめらぎおやのじょれつをしめすものであり、いっぴんしんのうはすめらぎおやのひっとうてきなちいにあった。ただし、ひんいそのものはてんのうとのしんそはもちろんのこととうがいすめらぎおやのははおやのしゅつじやねんれい、けいれき、そのたしゃかいてきひょうかにもとづいてじょせられるばあいがおおく、いっぴんしんのうとこういけいしょうとのかんれんせいはまったくない。むしろ、こういけいしょうからじょがいされたゆうりょくなこういけいしょうけんをもつすめらぎおやをこういけいしょうのだんねんのだいしょうとしてあたえられるれい(**ためひらしんのう**・**あつしかんしんのう**)すらそんざいした。だが、いっぴんしんのうとこういけいしょうがむすびつけられたれいもかいむではない。**ひだかないしんのう**(がんしょうてんのう)はそくいちょくぜんにいっぴんをあたえられたこと、**こうけんてんのう**のこうけいしゃに擬えられた**どうそおう**(**はいたいし**)および**おおいおう**(**じゅんにんてんのう**)がいずれもいっぴんしんのうである**しんたなべしんのう**・**とねりしんのう**(いずれもこじん)のこ*[1]*であり、**ようぜいてんのう**のじじつじょうのはいいごにたてられた**ときやすししんのう**(**みつたかてんのう**)はとうじゆいいつのいっぴんしんのうであった。これらはいっぴんしんのうがこういけいしょうにかかわったれいであるといえるが、どうじにそのすべてがとくしゅなじじょう*[2]*があったことにりゅういするひつようはある。*
*いっぴんにじょせられたさいしょのれいは**わどう**8ねん(**715ねん**)にじょせられた**ほづみしんのう**とひだかないしんのうである。このときには**もとあきてんのう**からひだかないしんのうへのじょういがきまっておりそのためのかんきょうせいびとしてのいっぴんじょいであったが、だんせいすめらぎおやよりもじょせいすめらぎおやがさきにいっぴんをじょせられることにたいするちょうていないのはんぱつをおさえるためにとうじけんざいであった**てんむてんのう**のおうじちゅうさいねんちょうで**ちだじょうかんごと**もつとめたじゅうちん・ほづみしんのうがどうじにじょせられたとかんがえられている。ならじだいにせいぜんにじょせられたほかの3にん(とねりしんのう・しんたなべしんのう・**たきないしんのう*[3]*)はすべててんむてんのうのこであり、とねりしんのう・しんたなべしんのうはちょうていないのようしょくをれきにんしている。なお、てんむてんのうのしじょでさいごのせいぞんしゃとしてじょされたたきないしんのういがいはいずれも**ないめいふ**いじょうのこういのじょせいのしょせいであり、ははおやのみぶんもふかくかんよしたとかんがえられている。*
*いっぴんじょいはしゃかいてきにもざいせいてきにもおおきないみをゆうするためにしごのじょいはひかくてきおおかったものの、せいぞんしゃへのじょいはきわめてしんちょうにおこなわれ、**へいあんじだい**さいしょのじょいは**てんちょう**8ねん(**831ねん**)の**くずはらしんのう**であった。ならじだいからこのじきをつうじて、にひんしんのうのちいにやく20ねんいじょういること、それいかのばあいにはしんのうがつくかんしょくでじじつじょうさいこういであった**しきぶきょう**をちょうきにわたってつとめて「だいいちのしんのう」たるにふさわしいけいれきをほじし、なおかつははおやのしゅつじ(いわゆる「きさきはら」でなければじょいされるかのうせいはひくかった)やてんのうとのしんそ、ふじわらしなどのけんりょくしゃとのしんそもかみされてじょされた。これはすなわち「そうしつのちょうろう」としてのとうかつのうりょくとじっせきがきたいされたばあいにそれにふさわしいしんのうのみがじょされるということであり、これらのじょうけんをみたしていてもとうじのざいせいじょうきょうやせいじじょうきょうなどからいちひんにじょせられずにしぼうするしんのうもあった。いっぽうないしんのうのばあいは、じょいじたいがめずらしくなり、**9せいき**にせいぜんにいっぴんにじょされたのは、**ふじわらりょうぼう**をそふにもつ**せいわてんのう**のどうぼしまいの**のりこないしんのう**のみであった。*
*せっかんせいじ**きになると、きさきはらいがいのてんのうのしじょは**しんせきこうか**するれいがほとんどとなり、いっぴんじょいのじょうけんもにひんのけいれきよりもてんのうやせっかんとのかんけいがじゅうしされるようになった。また、ためひらしんのうやあつしかんしんのうのようにこういけいしょうにおいてユウイだったしんのうがこういをだんねんせざるをえなくなっただいしょうにさづけられるケースがしょうじた(ふじわらしのさくどうですめらぎせきにふっきさせられた**かねあきらしんのう**(もとさだいじんげんかねあきら)のいっぴんじょいもきんじのれいといえる)。とくにないしんのうへのいっぴん、とりわけふじわらみちながのまごやそうそんにたいするじょいがおおくみられるようになる(だいごてんのうからこうすざくてんのうまでのしじょのうちいちひんにじょされたのがだんせい4めい*[4]*にたいしてじょせい9めいでうち4めいがみちながのまごあるいはそうそんにあたるないしんのうであった)。こうしていっぴんしんのうのじゅうようせいはきゅうそくにうしなわれていき、てんのう・あるいはがいせきのひごをうけたしんのう・ないしんのうへのたいぐうふよへとへんしつすることになった。*
[*へんしゅう*] *さんこうぶんけん*
- *やすだまさひこ「はち・きゅうせいきのいっぴんじょい」(しょしゅつ:『にっぽんれきし』だい575ごう(1996ねん4つき)・しょしゅう:「だいいちひんしんのう」(かひつ・かいだい)『へいあんじだいすめらぎおやのけんきゅう』(よしかわこうぶんかん、1998ねん)*ISBN 978-4-642-02330-6*)*
[*へんしゅう*] *きゃくちゅう*
- ^*なお、このぎろんのさいにとうじょうしたほかのこうほとなるおうもすべてりょうしんおうのこどもたちであった。また、とうじのいっぴんしんのうのことしてはほづみしんのうのこもかんがえられるが、ほづみしんのうじしんがこのもんだいがしょうじる40ねんいじょうまえにしきょしており、しんのうのしの3ねんごにうまれたこうけんてんのうのこうけいしゃにはなりえなかったとみられる。*
- ^*がんしょうてんのうは「なかつぎのなかつぎ」としてきゅうきょそくいしたにょてい、こうけんてんのうはどくしんのじょせいでこういをつがせるべききんしんしゃがふざい、ようぜいてんのうからみつたかてんのうへのじょういもじじつじょうのはいりつという、つうじょうのこういけいしょうとはことなるじじょうのもとでおこなわれている。*
- ^ *ちょうしんのう**がいっぴんにじょせられたとされているが、せいぜんじょいせつとしごじょいせつがある。*
- ^*ぶんちゅうにてとりあげられていないのこり1めいは**さんじょうてんのう**だいいちおうじ**あつしあきらしんのう**(ごの**しょういちじょういん**、ただしごにりったいしされる)である。*

