*ちゅうごく*
*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*
*ちゅうごく**(ちゅうごく、**拼おと*: *Zhōngguó**)とは、せかいのちゅうしんをいみするくうかんてきがいねんをきそとするじしょうであり、**いてき**とたいちされる。**なかはら**(ちゅうげん)はちゅうかぶんかのはっしょうちである**こうが**ちゅうかりゅういきにあるへいげんのことであり、なかはらかんみんぞくがきょじゅうしていたことからこのめいしょうがもちいられるようになった。**ベトナム**では、**阮朝**がじこくをちゅうごく(チュンコック)とよんだ。**かんみんぞく**や**はななつぞく**がきょじゅうしたちいきのぶんめいでは、19せいきなかばの**きよし**からじしょうとしてひろくもちいられようになり、しだいにこゆうめいしとしてのせいかくをこくしていった。げんざいではそのちいき、ぶんめい、みんぞくをひろくさし、またごにそこでせいりつした**ちゅうかみんこく**、**ちゅうかじんみんきょうわこく**にたいするりゃくしょうとしてももちいられる。*
*もくじ* |
[*へんしゅう*] *がいよう*
*げんざいのちゅうごくでは、ちりてきには**アジアたいりく**のとうぶにひろがるちいき、**あたいりく**とそれにふずいする**とうしょ**をさしてしようしている。またそのちいきに**きげんぜん**からけいぞくする**ぶんめい**のそうたいをさしてしようしている。このちいきはさまざまな**みんぞく**がいりまじっており、げんざいちゅうごくのちゅうしんとなっているかんみんぞくをはじめとして、いちじぜんどをしはいしていたモンゴルなど、さまざまなみんぞくによることなるおうちょうがしゅつげん、めつぼう、せんらんをくりかえしてきた。せんご、いちじがっさくしていたちゅうごくきょうさんとうとちゅうごくこくみんとうがふたたびぜんめんせんそうをおこなった。このたたかいにしょうりし、たいりくぶをじっしつてきにしはいした**ちゅうかじんみんきょうわこく**と、はいぼくしにっぽんからりょうどをかいしゅうし、じっこうしはいした**たいわん**にこうたいしてたいりくしはいのせいとうせいをうったえる**ちゅうかみんこく**というふたつのこっかにわかれた。このぶんだんはげんざいにいたり、**りょうきしもんだい**というかたちでいまだせいじてきなもんだいとしてそんぞくしている。*
*にっぽんでしようされはじめたのは、ちゅうかみんこくせいふのようきゅうでがいこうぶんしょうとしてとうじょうした**1930ねん**からである。ただし、にっぽんでいっぱんてきにしようされたのは**だいにじせかいたいせんご**のことである。それいぜんは**支那**(しな)、とう(から)、とうど(もろこし)などとよばれていた。*
[*へんしゅう*] *めいしょう*
[*へんしゅう*] *「ちゅうごく」*
*ちゅうごく**は「くにのちゅうしん」、または**ちゅうかしそう**にもとづき「せかいのちゅうしん」をいみしている。ちゅうごくというようごはちゅうごくのこてんである‘しきょう’でさいしょにつかわれた。しきょうでつかわれた‘ちゅうごく’はしほうとよんえびす(ちゅうごくしほうにきょじゅうしたあたりかたみんぞく)のたいしょうされるがいねんでつかわれた。‘ちゅうしんぶ(Center)’といういみではじめてつかわれた‘ちゅうごく’はせいじとぐんじてきないみのとうちきょうかいをせっていするいみでじょじょにみんぞくかんのアイデンティティをきょうかいをつくるいみにかくちょうされていった。かんぞくとあたりかたみんぞくのきょうかいをしょうちょうする‘ちゅうごく’というようごはこうしとそのたしそうかたちのじゅんしょくをへりながら‘ぶんかてきユウエツせいをもったちゅうしんぶ’といういみでふかくなった。‘ちゅうごく’というようごがしゅけんこっかのがいねんでのしようは1869ねんにちょういんされたネルチンスクじょうやくでとうじせいちょうのがいこうししんがみずからのみぶんをしょうするとき‘ちゅうごく’というようごをまんしゅうごではじめてつかった。がいこうぶんしょじょうでかんぶんの‘ちゅうごく’がつかわれたようれいは1842ねんあへんせんそうのはいぼくでちゅうごくせいちょうがイギリスとむすんだなんきんじょうやくがさいしょのこととしられている。ほんらいはとくていのみんぞく、こっかをさすかたりではないが、ちゅうしんちいきになかはらかんみんぞくがきょじゅうしていたことからこのめいしょうがもちいられてきた。**からしいかくめい**いぜんは「こっか」というがいねんがなく、『「てんか」あって「こっか」なし』というじょうたいだったため**おうちょう**のなまえがつかわれたようであるが、からしいかくめいごにきんだいてきな**こくみんこっか**けいせいをめざし**1912ねん**に**ちゅうかみんこく**がせいりつしてからのちは、**ちゅうかじんみんきょうわこく**・ちゅうかみんこくのそれぞれのこくごうのりゃくしょうにもなった。*
[*へんしゅう*] *「ちゅうか」*
*ほんらい「はな」は「えびす」「えびす」「蛮」「狄」「やまと」などのしゅうへんみんぞくにたいして、スグレたぶんかをもったものをいみし、**こうが**のりゅういきに**としこっか**をきずいてかんみんぞくをけいせいしていったひとびとによってじしょうとしてもちいられた。ここから、「ちゅうしんのくににすむスグレたぶんか」といういみの「ちゅうか」は‘ちりてきちゅうしんぶ’といういみだけではなく‘ちゅうごくみんぞくアイデンティティ’と‘はななつぶんかのユウエツせい’というようそがいっしょにとけているようごである。げんだいちゅうごくのたちばでつかわれる‘ちゅうか’というようごのなかでかんぞくのじこどうしつせいというようそは‘たみんぞくのなかなおりととういつ’というようそにかわるようになったしたみんぞくのこうせいいんがしゅたいになってけんせつした‘ちゅうごくぶんかのユウエツせい’だけがきょうつうぶんぼでおちつくようになった。そのもちぬしといういみの「かじん」というこしょうがうまれ、ちゅうかじんみんきょうわこく・ちゅうかみんこくのこくごうや「**かきょう**」「**ちゅうかしそう**」ということばはこれにゆらいしている。*
[*へんしゅう*] *「セーレス」*
*こだいギリシア**ではちゅうごくのしょうにんはセール(しぐまいーたろー)(ふくすうがた:セーレス(しぐまいーたろーいぷしろんしぐま))とよばれた*[1]*。しかし、やがてこうじゅつする「チーナ」にゆらいする「スィーン」がつたわるとそのけいとうのこしょうにとってかわられた。*
[*へんしゅう*] *「はた」にゆらいするこしょう*
*かんじけんいがいからは、ふるくは**はた**にゆらいするとかんがえられるチーナ、シーナというこしょうがいっぱんてきにもちいられ、こだい**インド**ではチーナスタンともよんだ。これが**ぶってん**においてかんやくされ、「**支那**」「しんだん」などの**かんじ**をあてられる。このけいとうのこしょうはインドをつうじて**ちゅうとう**につたわって**アラビアご**などのちゅうとうのげんごではスィーン(Sīn)となり、**ヨーロッパ**では**ギリシャご**・**ラテンゴ**ではシナエ(Sinae)にへんかする。また、さらにごにはインドのことばからちょくせつヨーロッパのことばにとりいれられ、China(**えいご**)、Chine(**フランスゴ**)などのこしょうにへんかした。*
*にっぽんでも「はた」にゆらいして、えどじだいしょきより支那のこしょうもしようされていた。しょうさいは、**支那#ことばのゆらいとれきし**をさんしょう。*
[*へんしゅう*] *「かん」にゆらいするこしょう*
*さいしょのとういつおうちょうながらたんめいにおわったはたおうちょうにかわって400ねんかんにわたってちゅうごくをしはいした**かんおうちょう**(**ぜんかん**と**こうかん**)のじだいに、かんみんぞくをちゅうしんとするちゅうごくのはんとはていちゃくしていった。そのため、「かんみんぞく」や「かんじ」のようなことばにかんのじがつかわれている。*
[*へんしゅう*] *「つぶせばつ」にゆらいするこしょう*
*7せいき**すえから**8せいき**しょとうの**突厥**(だいに突厥ていこく)のひとびとがのこした**こテュルクもじ**のひぶんにおいてちゅうごくのひとびとをさしてつかわれているこしょうに「タブガチュ(タブガチ、Tabgach、Tabがんまač)」があり、きたちゅうごくに**きたたかし**をたてた**鮮卑**の**つぶせばつぶ**、**つぶせばつし**にゆらいするとかんがえられている(**しらとりくらきち**や**ポール・ペリオ**らのせつ。**くわばら隲蔵**はとういえこにゆらいするとのせつ、つまりとうゆらいせつをとなえた)。*
*タブガチュのけいとうのこしょうは、**1069ねん**の**クタドグ・ビリク* (en:Kutadgu Bilig*)におけるタフカチやTamghaj、Tomghaj、Toughajなど突厥いごも**チュウオウアジア**でひろくつかわれた。**1220ねん*-*1224ねん**にせいほうをたびした**おかちょうしゅん**(ちょうしゅんしんじん)は「ももはないし」ときろくしている。**11せいき*-*12せいき**の**カラハンあさ**においてはすうにんの**かあせ**がTabghach(Tavghach)というなである(*en:Qarakhanid dynasty*)。しかし**モンゴルていこく**のじだいぜんごにこうじゅつするキタイにとってかわられた。*
*なおこテュルクもじひぶんいぜん、**ひがしローマテイコク**のれきしか**テオフィラクトス・シモカッタ* (en:Theophylact Simocatta*)の**7せいき**ぜんはんにかかれたとみられる突厥による**やわらしか**めつぼう(**552ねん**)かんれんのきじにタウガス(Taugas)とのきさいがあり、これもどうけいとうのこしょうとおもわれる。きじがかかれたじきは**ずい**すえ-とうしょきとおもわれ、やわらしかのめつぼうは**にしたかし**から**きたあまね**、**あずまたかし**から**きたひとし**への**ぜんじょう**とどうじきとなる。*
[*へんしゅう*] *「とう」にゆらいするこしょう*
*えどじだいいぜんのにっぽんのひとびとは、しばしば**けんとうし**をつうじてながくこうしょうをもった**とう**のこくごうをもってちゅうごくをよんだ。こごでがいこくをいみする「から」のおとをとうのかんじにあてるれいもおおい。ちゅうごくを「とうど(もろこし)」とこしょうしたり、にっぽんにらいこうするちゅうごくしょうにんは「とうじん(からびと、とうじん)」とよばれ、ぶんごのちゅうごくごを「かんぶん」というのにたいしてこうごのちゅうごくごは「とうご(からことば)」とよばれた。*
[*へんしゅう*] *「ちぎりに」にゆらいするこしょう*
*11せいき**ころにちゅうごくのほくへんをしはいしたキタイ(**ちぎりに**)にんの**りょう**おうちょうから**チュウオウアジア**ほうめんではキタイ、カタイというこしょうがうまれた。**ペルシアご**や**テュルクご**をつうじてちゅうごくのぶんぶつのなまえをしったとみられる**マルコ・ポーロ**は、きたちゅうごくのことをキタイというなできろくした。**ロシア**ではげんざいもちゅうごくのことを**Китай**(Kitay)とよんでいる。*
*にしヨーロッパ**にはCathayとしてつたわり、**キャセイパシフィックこうくう**のしゃめいなどにつかわれているが、Chinaにくらべるとあまりこうはんにもちいられるこしょうではない。*
[*へんしゅう*] *れきし*
*ちゅうごくのれきし**をさんしょう*
[*へんしゅう*] *せいじ*
*ちゅうごくのれきだいおうちょうはみずからがじんるいのゆいいつのこっかでありそれいがいはくにのへんきょうにすぎないというたいどをとってきた。ゆえにちゅうかおうちょうには(たいとうなくにがそんざいしないのだから)たいとうなかんけいのがいこうというものはそんざいせず、すべて**ちょうこう**というかたちをとっていた。*
*しかしきんせいにはいり**ロシアていこく**のなんかのあつりょくがつよまるとやむをえずロシアをこっかとみとめた。*
[*へんしゅう*] *ちり*
*ちゅうごくは**きこう**やふうどのちがいからおおきく**かほく**・**かなん**・**はなひがし**・**はなにし**にわけられる。**かなんじん**と**かほくじん**のきしつのちがいはこらいからよくたいひされてきており、**にっぽんじん**がかんとうじんとかんさいじんをよくたいひするのとそうじてきである。かなんとかほくをくぎるラインはほぼ**はたみね**(チンリン)さんみゃくから**淮河**(ホワイがわ)にいっちし、これはねんかんこうすいりょう1000mmのラインでもある(**はたみね・淮河せん**)。ここよりみなみがわのかなんではしつじゅんで**おんだんしつじゅんきこう**(Cfa)にあたり、**アジアてきいなさくのうぎょう**がおこなわれる。**ながえ**(チャンがわ、ようすこう)をはじめとして**かせん**・**こしょう**にとみ、すいじょうこうえきもふるくからさかんであった。かなんちいきのちゅうしんてきとしは**しゃんはい**であり、げんざいもぼうえきのきょてんとしてじゅうようである。*
*これにたいしてかほくはひかくてきカンソウして**おんだんとうきしょううきこう**(Cw)や**ひやたいとうきしょううきこう**(Dw)にあたり、はたさくのうぎょうがちゅうしんとなる。**かほくへいげん**とよばれるひらのちたいがひろがり、りくじょうこうつうがはったつした。かほくのちゅうしんてきとしはちゅうかじんみんきょうわこくのしゅとでもある**ぺきん**である。こうしたなんぼくのふうどのちがいは「**ナンセンホクバ**」などのかんようひょうげんにもはんえいされている。*
*またかほくではいみんぞくおうちょうとしてしんにゅうしたモンゴルじん・まんしゅうじんなどとのこんけつが、かなんではもともとなかはらいなんにすんでいたえつじんや閩ひとといったいみんぞくとのこんけつ・きゅうしゅうがあり、それぞれのげんごやふうぼうにおおきなちがいをしょうじさせている。*
*ふるくからちゅうごくじんはじぶんたちのすんでいるこうがりゅういきしゅうへんをぶんめいちゅうしんちとしてほこり、しゅうへんちいきをじぶんたちのちゅうごくにたいしてへんきょうとみなしさげすんでいた。そのちいきにすむひとをそれぞれ「**ほくてき**」(ほくてき)、「**とうい**」(とうい)、「**せいじゅう**」(せいじゅう)、「**なんばん**」(なんばん)、「**そとやまと**」(やまと寇)、とよんでいた。*
[*へんしゅう*] *みんぞく*
*かんみんぞく**がたすうをしめるが、ちゅうごくとうぶのかんみんぞくのはんととされるちいきをふくめ、かんみんぞくいがいのすうおおくのみんぞくがきょじゅうしており、ちゅうかじんみんきょうわこくせいふがこうしきにみんぞくとしてにんていしているものだけでも**しょうすうみんぞく**は55をかぞえる。これらかんみんぞくをふくめ、すべてのみんぞくをちゅうかじんみんきょうわこくけんぽうでは「**ちゅうかみんぞく**」ときていしている。*
[*へんしゅう*] *ぶんか*
*こうがぶんめい**いらい、ちゅうごくはヒガシアジアのぶんかのちゅうしんちでありしゅうへんしょこくへただいなえいきょうをあたえつづけた。*
*サミュエル・P・ハンティントン**は『**ぶんめいのしょうとつ**』で**じゅきょう**をちゅうしんとしたじゅきょうぶんめいとよんでいる。*
[*へんしゅう*] *かんれんこうもく*
[*へんしゅう*] *きゃくちゅう*
- ^*かれらのもたらすきぬはセーリコン(σηρικον)とよばれ、えいごやロシアごなどで「きぬ」をあらわすことばのゆらいともなっている。*


