*げんだい(じだいくぶん)*
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*げんだい**(げんだい、Contemporary)とは**れきし**のじだいくぶんの1つ。**きんだい**のつぎのじき、もしくはきんだいのなかでもっともあたらしいじだい。**こだい**、**ちゅうせい**、**きんせい**、きんだいという**じだいくぶん**のながれのさいごのじきにあたる。「**わたしたちのじだい**」。*
*げんだいのなかでもげんざいによりちかくなるにしたがって「げんだい」というよりも「**どうじだい**」というほうがよりふさわしくなる。したがってもっとさいぶんかしたじだいくぶんのながれは*
- *こだい-ちゅうせい-きんせい-きんだい-げんだい-どうじだい*
*ということになる。*
*きんだいとげんだいのきょうかいをどこにもってくるかはけんきゅうしゃによってまちまちである。ただしいっぱんてきには、*
- *にっぽんし**では**1945ねん**の**たいへいようせんそう**のしゅうせんぜんご*
- *ヨーロッパし**においては**1914ねん**の**だいいちじせかいたいせん**のぼっぱつぜんご*
*をさかいにしてこれいこうのじだいを「げんだい」とくぶんしているばあいがおおい。*
*しかし、おうべいではじょうきのようなわくぐみで「げんだい」をとらえることは、れきしてきにみてそぐわないといういけんがおおく、とくにヨーロッパしのばあいはこのようなきんだいとげんだいのくぶんはあまりされなくなっている。さいきんのけんきゅうでは**れいせん**がおわり**ベルリンのかべがほうかい**する**1989ねん**、もしくは**ソレン**がほうかいする**1991ねん**までを「きんだい」のわくぐみでとらえられることがおおい。また、1970ねんごろからおこったきんだいをひはんてきにとらえなおす**ポストモダン**(Postmodern)といううんどうも「きんだい」のわくぐみのなかにはいってしまっているのではないかというぎろんもある。*
*ただし「げんだい」というくぶんのしかたは、「こだい」、「ちゅうせい」、「きんせい」、「きんだい」のわくぐみのくぎりかたのようにれきしを**ふかんてき**にとらえてくぎったものではない。わたしたちのせかいがこのさきどのようにへんかしていき、れきしてきにどのようにとらえられることになるのかをわたしたちによそうすることはできないからである。したがってしょうらいてきに「げんだい」というわくぐみがへんかするかのうせいはひていできない。*

