*つるみそうじょうじけん*
*しゅってん:フリーひゃっかじてん『ウィキペディア(Wikipedia)』*
*つるみそうじょうじけん**(つるみそうじょうじけん)とは、**1925ねん**(たいしょう14ねん)のくれにげんざいの**よこはまし**つるみく**でおきたらんとうじけんである。にっぽんさいだいのけんかとよばれるこのじけんはいちどに500にんいじょうのけんきょしゃをだし、そうじょうざい(ほうかいせいにより**そうらんざい**)できそされているためつるみそうじょうじけんとよばれる。*
*なおつるみえきしゅうへんからみたばあい、**つるみがわ**たいがんのうしおだちくがおもなとうそうのげんばであるため、ほんらいはじけんをべつのめいしょうでよぶべきであったとするむきもある**(ちゅう)**。とうじははしひとつの「かわむかいこう」でもふうどやれきしにはおおきなちがいがあり、そこにはにっぽんのしほんしゅぎのせいちょうのゆがみがあった。*
*(ちゅう)じけんとうじのぎょうせいくいきはしせいしこうまえの「**たちばないつきぐん**つるみまち」であるが、じけんげんばとなる「たちばないつきぐんうしおだまち」とがっぺいしたちょくごであり、そのまちさかいがつるみがわであったことから。*
*もくじ* |
[*へんしゅう*] *たいしょうでんりょくせんそう*
*みぞうのだいさんじとなった**かんとうだいしんさい**は、どうじにこうじょうようちがとうきょうしおよびそのきんこうからいてんするけいきとなりかながわのけんせつラッシュにはくしゃがかかる。**まつながやすしひだりエもん**(とうじ、**とうほうでんりょく**ふくしゃちょう)はかんとうのでんりょくかいしゃをばいしゅうしとしんなんぶおよびけいひんちたいへのでんりょくきょうきゅうをもくてきとしたとうきょうでんりょく(げんざいの**とうきょうでんりょく**とはべつ、つうしょう「とうりき」)をおこす。ここにおいてきゅうしゅう、なごやととうじょうしたまつながと**とうきょうでん燈**のげきとつはさけられないじょうきょうとなる。よにいうでんりょくせんのぼっぱつである。*
*とうじのでんりょくかいしゃはぜんこくに690しゃがらんりつしシェアあらそいにきょうほんしているが、おおてごしゃがかくりつするとちほうしほんはでんりょくきょうきゅうけんをちゅうおうのざいばつにうりつけようとするうごきをみせどくせんじょうたいがけいせいされつつあり、きゅうしゅう、ちゅうぶといった「ちくブロック」のわくをのりこえたまつながへとうきょうでん燈は**せんじゅかりょくはつでんしょ**をすえげいげきをじゅんび。そのいっぽうででんりょくかいしゃがきょにんかじぎょうであったこともありこのたいりつはせいかいをもまきこんでいく。*
[*へんしゅう*] *つるみかりょくはつでんしょのトラブル*
*じけんは**1925ねん**(たいしょう14ねん)にかわさきしらいしまちにけんせつちゅうのとうりきのかりょくはつでんしょこうじにはじまる。とうじのしらいしまちはとうきょうわんにめんしたさびしいばしょでうめたてちへのこうつうのびんはうんががりようされるもじどおり「りくのことう」であり、このりっちじょうけんもとうそうににげばをしょうじさせないいちいんになる。おおまかにかりょくはつでんしょは「すいろにみずをとおしかりょくによりじょうきをはっせいさせ」「あつりょくをしょうじさせたすいじょうきがタービンをまわしはつでんする」こうぞうじょう、たてものはきそのすいろとたきのやにわけられる。けんせつかいしゃのにゅうさつがおこなわれたけっか、こんかいのにゅうさつはきそを**はざまぐみ**が、はつでんきをおくたきのやこうじを**しみずぐみ**がらくさつした。*
*とうじはこのように1つのこうじげんばにたんとう・こうきをわけるケースをであいちょうばとよび、さきにはざまぐみがきそをかんせいさせしみずぐみへげんばがゆずられるはずだった。しかし、きそがかんせいしたにもかかわらずはざまぐみのしたうけがげんばをせんきょ、そくりょうにちゃくしゅしたしみずのそくりょうこやをとうきょうわんへとうきする。はつでんしょのこうきはおくれ、まつながひいてはぎょうかいぜんたいのしんようをうしなうききにおちいったしみずぐみだが、このぼうがいこうさくはどぼくぎょうかいにおいていんぜんたるせいりょくをゆうするかわさき「みたにしげるぐみ」のなかたみねしろうのしさによるものとせけんはみていた。*
[*へんしゅう*] *みたにしげるぐみ*
*みたにしげるぐみとはかないひでじろうひきいるどぼくぎょうしゃである。めいじ17ねんの「だいかりこみ」=とばくはんしょぶんきそくによりとばくはん(すなわちばくと)はさいばんなしで10ねんのちょうえきというだんあつかにおかれる。このたいさくとしてばくとのおおくはどぼくけんちくうけおいのかんばんをあげ「くみ」をなのるようになっていた。ふじさわのほりいけんきちもどぼくぎょうかいにちからをもつばくとでありげんざいまでそのけいふはつづいている。*
*ほりいぼつごにじばんをけいしょうしたかないはすうねんでかんとうくっしのだいおやぶんへせいちょうする。このはいけいにはけいひんのコウケイキとみたにしげるのそうりょうこぶんであるなかたみねしろうのそんざいがおおきい。なかたは**せいゆうかい**けいのいんがいだんでこうわんやこうじょう・うんそうのかおやくたちしんこうぎょうしゃたちのせわやきでしゅうぼうをえる。*
*とうじではめずらしく**きゅうせいちゅうがく**をそつぎょうしたインテリではざまぐみの**おたにきよし**りじちょうのこうはいであるなかたはびひげをたくわえたろくしゃくゆたかなびじょうふであったがかこにはしゅらばやひんこんじだいをくぐりぬけておりかれとあったものはそのにんげんてきはくりょくというめんをどういつにくちにする。*
[*へんしゅう*] *なかたみねしろうのけんかじょう*
*しみずぐみはかりょくはつでんしょこうじのしたうけであるあおやまよしぞう(いけぶくろのとびしょく)をまどぐちにしてなかたとこうしょうする。よしぞうのぎてい、あおやまみよきちはつるみにじむしょをかまえなかだともぎきょうだいのつきあいからしみずへのげんばのあけわたしをもとめるがなかたはぎゃくに「げんばをせんきょしてしみずをくっちまおう」と、しんのよわいみよきちをまどわせる。よしぞうは「おみせ(おたな)=しみずぐみ」のためになんどでもあたまをさげてつるみへあしをはこんでいる。*
*しかし、げんをさゆうにしてぼうがいをとめようとしないなかたのたいどによしぞうは「しみず・かん・あおやま・みたにしげる」のよんしゃかいだんをセットしてじたいのかいけつをはかった。なかたはこのせきじょう、あおやまときょうどうでこうじをおこないたいともうしでる。じたいのかいけつをのぞむぜんいんがりょうかいしたがそのちょくご、なかたはもと請にだすこうじのみつもりたんかにぎょうかいのじょうしきをこえるこうがくなねだんをかきこみしみずぐみにおくりつける。あいてがのめないのをしょうちでのけんかじょうである。*
[*へんしゅう*] *あおやま・まつおれんごうのけっせい*
*あおやまよしぞうもここにいたってもと請へのぎりからとうそうもやむなしとけつい。しみずぐみのうちやまこうじょうちょうへくわいれ(こうじかいし)のひどりをそうだんしている。いっぽう、ぎょうかいのかおやくたちはりょうしゃのたいりつをしんぱいしわかいにのりだしている。うしおだのまつおかえもんもちゅうさいじんとしてなのりでたいちにんだが、ほんしんではなかたがちゅうさいをけるとみておりそのばあいはあおやまぐみでさんせんし、みたにしげるせいりょくをたたこうとするいとがあった。かこにおいてみたにしげるのおうぼうにみまわれたまつおにとってこんかいのじけんはチャンスでありまつおのよみどおりに「あおやま・まつおれんごうぐん」がけっせいされる。とうすうにおいてもけんかのけいけんにおいてもみたにしげるとひかくしてあっとうてきにふりなじんえいであったが、このこうじをやりとげなければしみずぐみのしんらいをうしない「くみのそんぼう」にかかわるあおやまぐみのしきはたかかった。*
[*へんしゅう*] *げきとつぜんや*
*まつおはじぶんのおやぶんであるとうきょうの**なかのきさぶろう**からかも撃砲(かわぎしのかもをおびやかすこがたのたいほう)をかりだしてみかたのしきをたかめる。またみかたじんえいにかんさいしゅっしんがおおかったためにしのだいそしき「**あわくまかい**」にえんをもとめてすけっとをたのむアイデアをだしている。あわくまかいのかんじちょう・うわじませいぞう(ごのかいちょう)はあおやま・まつおのもうしいれをしょうだく。うわじまじしんがじっさいにはこねのさかをこえてくる。じもとのみたにしげるがわへもかながわのばくとだんたいがしゅうけつ。またすけっとにはよこはまのどぼく・うんそう・こうじょうろうむ・いんがいだんけいそうし・こうわんにやくぎょうしゃのおやぶんしゅうらもあつまる。このりょうしゃのうごきをつるみしょ・かわさきしょもさっち、けんけいへもほうこく。けんけいのけいじぶちょうのせっとくにりょうはともおうじずまたきょうきもおうしゅうされていない。*
[*へんしゅう*] *とうそう*
*あおやまぐみはばんなんをはいしてくわいれをしようとけついしていた。よこはまにいたなかむらぐみはえんのあるあおやま・まつおじんえいにさんかしようと**タクシー**にぶんじょうしこくどうをつるみへめざす。つるみえきのよこをすぎるとうせつししおみきょうをわたる。うしおだおおどおりをとちゅうでさせつすればまつおぐみ**(ちゅう)**だがふあんないのタクシーはちょくしん。うめたてちまえのどうろ(げんざいの**さんぎょうどうろ**・とうじはうめたてちのこうじょうのへいのまえを**かいがんでんききどう**がはしっていた)とぶつかるが、このこうさてんのかくにはみたにしげるじむしょがありなかむらぐみのめんめんはタクシーからひきずりおろされきられている(けっか、1めいしぼう)。これがきっかけであおやま・まつおはうしおだいったいにしかれていたひじょうせんをうらみちからぬけるときどうてつどうまででてかくのみたにしげるじむしょまでのすうひゃくmをすすもうとするがまちうけていたみたにしげるとそうぐう。しがいせんがはじまる。*
*(ちゅう)とうぜんじのうらてにじむしょがあった。*
[*へんしゅう*] *ちょうてい*
*とうそうはごご3じからよる9じはんごろまでおよび、たすうのししょうしゃをだす。けんかはあおやま・まつおじんえいがみたにしげるじむしょまでせめこみじむしょをこわしてかんばんをウバッてきたがとうじのとせいにんであるみたにしげるにはどぼくじむしょのかんばんにかちをみとめておらず、いぎょうしゅのそういがここでもうきぼりとなる。ともかく、とうそうがおわったじてんで、ぎょうかいのちょうせいきのうがはたらき**だいにっぽんこくすいかい**のめんめんもかおをだしててうちしきがおこなわれるがそうほうともしゅぼうしゃがけいさつにこういんされるかてはいちゅうということもあり、なかのきさぶろうらだいりにんしゅっせきによりとりおこなわれる。さいばんはぜんじゅつしたようにそうじょうざいできそされているため、しゅぼうしゃであるなかたみねしろう、あおやまみよきち(つるみせきにんしゃ)、まつおかえもん(うわじませいぞうはしゅかいほうじょ)のさいばんのゆくえがちゅうもくされた。なかたはいちしんでそのまましゅうかんされたが、たはこうそしている。こうそしんによりしゅぼうしゃはぜんいんむざいとなりこのけっか、じけんはしゅうけつした。まつおはむざいはんけつのこえでおとこなきにないたという。*
[*へんしゅう*] *ごじつだん*
- *このじけんにかかわったじんぶつはごにどぼく・こうわん・うんそう・こうじょうろうむじぎょうなどでせいこうしたものがおおく、げんざいもじけんにかかわったじんぶつおよびそしきのながれをくむおおくのきぎょうがこのちいきにそんざいしている。*
- *じけんのさいばん・さしいれとうのばくだいなけいひいっさいをこうむりあおやまよしぞうははさんせんこくをうけた。くみはかんぶにまかせ40だいでリタイア。そのごはにっぽんちゅうから「だいけんかのたいしょう」「こんはたずいいん」とあおぎみられきゅうくつなおもいをしたとされる。**みやざきりゅうすけ**としりあい**とうやまみつる**のちぐうをえる。みやざき・とうやまがなにのいとを以っていっかいのとびとせっしょくしたかはふめいだが、ばんねん、すめらぎしゅうと站でせんろにしかけられたばくやくでばくしした**ちょうつくる霖**について「あのじけんは・・」となにかをかたろうとしたともつたわっている。*
[*へんしゅう*] *じけんがおきたりゆう*
- *でんりょくせんのさいちゅうであり、わかいこうさくにじかんがついやせなかった。*
- *しみずぐみとはざまぐみのじゅちゅうキョウソウにかんれんしただいりせんそうのめんがあった。*
- *みたにしげるぐみとあおやまぐみのきぼがちがいすぎてちゅうさいがごふんでせいりつしづらかった。*
- *どうじにばくとととびといういぎょうしゅであったてんでそうごりかいがしづらかった。*
- *みたにしげるとあおやまぐみになんらかのえんがあるものがおおくちゅうさいのたちばがむずかしかった。*
- *なかのらぎょうかいしどうしゃそうにみたにしげるのようなざいやせいりょくのはけんをはいじょするいとがあった。*
- *たんいつのくみでもおうえんをむかえられるだけのしきんりょくがあった。*
- *けいさつがじぜんにちゅうしさせるきょうこうしゅだんをとらなかった。*
*このてんについてはいかのようなきょうみぶかいいけんもある。*
*1923ねん**の**かんとうだいしんさい**において**ちょうせんじん**にたいする**りゅうげん**がひろまったとき、こようしゃとしてじもとのじじょうをじゅくちしていたあおやま・まつお・なかたらはじたいのしゅうしゅうにのりだし、けいさつからひょうしょうをうけている。ごにはっせいしたこのじけんでは、けいさつのたいおうはひじょうせんをハルなどじんそくであったものの、そうじょうがおきているまはひじょうせんのしゅびのみにてっし、ちょくせつせいしはおこなわなかったとつたえられているが、これはとうじしゃたちへの「かり」があったこともえんいんのいちぶとすいさつされている。*
[*へんしゅう*] *まつおかえもんについて*
- *まつおかえもんはこのじけんをけいきとして、なかのきさぶろうのひきたてもありかながわけんのどぼくけんちくぎょうかいにくんりんしていく。こうがくのうぜいしゃとして**きぞくいんぎいん**(1945?1946)にもしゅうにん。まつおこうむてん、かげつえんかんこうしゃちょうとして**かげつえんケイリンじょう**のそうしにもかかわっている。けんせつぎょうかいへのながねんのこうせきによりくんよんとうきょくじつしょうをじゅくんした。はんめん、けんのこうきょうじぎょうにおうせいをしいていた**こうのいちろう**とけんかをするなど1965ねんに74さいでぼっするまではらんのしょうがいをおくる。ながれしゃとしてけいひんについてあさひがらすのこういんからしゅっぱつしたまつおのせいこうものがたりは、けいひんのりゅうせいをものがたるしんわといってもよい。*
- *まつおはしみずぐみとのえんもふかめしたうけでもとくにえらばれた「めいぎじん」になっている。このころのあおやまぐみのとうりょうはつるみのけんかでぜんせんにたちそのせきにんをはたしたおとこであった。あおやまのかんばんをけいしょうするとしみずぐみのめいぎひととなりしゅういからもきりょうじんとみられていたそんざいであるが、このまつおのけんをきくとしみずぐみのうちやまこうじょうちょうをたずね「まつおさんはかぎょうにあせをながせるにんげんじゃないからめいぎからおろしてください」とちょくげんしたがうちやまになだめられる。*
*よかんはげんじつとなりけいひんにおいてかこのみたにしげるにひってきするせいりょくをゆうしたまつおはあおやまぐみときょうどうでおおきなこうじがあったときに「**げんばをせんきょしてしみずをくっちまおう**」といったとされる。これはかこにおいてなかたみねしろうがあおやまみよきちにいったことばとまったくおなじでありそうじょうじけんのひきがねとなっただいしであった。しかしこのあおやまのたましいをうけつぐおとこはなっいきのかぎょうじんのほこりをもってしっかりとことわったという。*
[*へんしゅう*] *さんこうぶんけん*
- *あおやまこうに**『たたかいのこうず』しんちょうしゃ1979ねん(しんちょうぶんこ・あさひしんぶんしゃあさひぶんこ)*
- *サトウマコト**『つるみそうじょうじけんひゃっか』230クラブ1999ねん*ISBN 4-931353-35-5
- *『くせいしこうごじゅうしゅうねんきねんつるみくし』*

